永遠の生命
多くの人は、生命はこの世だけのもの、
すなわち、生まれてきた時に初めて生じ、死ねば
泡のごとく消え去ると思っている、
特に宗教観を持たない日本人にそう考える人が多く、
常識になっている。

「死ねば総てが終わり」という考え方は、
科学的な考え方のようであるが・・・
科学は、原因、結果の法則で成り立っているのである
ところが、もし、生まれて来たときに生命が
発生したというなら、生命に差別ができる
原因が究明され得ていない。
遺伝的なモノが総てと考えるのは
あまりに浅はかである。

生命は死んだらもう消えてなくなる、総てがお終いなら
我々はまじめに生きることがバカバカしくなる・・・
人のことなんてどうでも良い、自分だけが楽しみぬけば良い
という、刹那的な生き方が横行するに違いない・・・

生命の発生が卵子と精子の結合によって生じるというのは、
単なる事実の説明であり、より本源的に考えたモノではない。
あらゆる現象に因果があって、生命のみは偶発的にこの世に
発生し、死ねば泡のごとく消えてなくなると、
平然としていることは、あまりにも自己の生命に対して
無頓着な者といわねばならない。

仏法の世界では三世の生命を説く
すなわち過去世、現世、来世である。
生まれては死に生まれては死にを繰り返して
成長するというのである・・・
一日が朝があって昼があって夜になるごとく
生命も永遠と繰り返すというのである。

今の自分が明日の自分を作る・・・
現在の自分は過去に生きていた延長にある、
過去世でしてきたことが、今に反映されていると、
説いている。

科学者アーノルド・トインビー博士は、
不死の海である宇宙本源の「精神的実存」に帰ることが
死であると信じ、一人の学者として
高等宗教、特に、仏法の「空」に
生と死の解決を求めている・・・
「死という現象はわれわれが心身統一体として
見慣れている人間存在のうち、
肉対面での分解をともなうわけですが、
しかしそれは”実存それ自体”からみれば、
じつは人間の知的着想力の限界から
生じる幻想にすぎないことになります
(中略)
私は”実存それ自体”には
時間も空間もないと信じています、
といって、それが時間と空間に束縛された
この世界から、全く遊離して存在するものだとは
思っていません」

「生命ははたして死後も存続するのか、
また、肉体が無機物の世界へと還元されてしまった後、
精神は何処へ行くのか・・・

要するに、これらの疑問は空間とか時間の基準からは
答えられず、”空”ないし”永遠”の
概念によって初めて答えられるのだと信じます」
アーノルド・トインビー

永遠の生命を信じた死の自覚こそが、生を限りなく豊かにし、
充実したものにしてくれます。

死の自覚なきところに、真実の生もない
わたしはそう考えています・・・

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