一峰大二氏の漫画「ウルトラセブン」は、テレビ放映期間を中心とした1年1ヶ月、全13回に渡って講談社の月間少年誌『ぼくら』に連載された。一峰氏はSFからスポーツ、時代劇、探偵ものまで器用にこなす人気漫画家であるが、映画化作品の漫画にも「ウルトラセブン」以前から力を発揮し、『ぼくら』に於いては、まさに「ウルトラセブン」の原点である和製スーパーマンものの映画化「スーパージャイアンツ 悪魔の化身」、同「スーパージャイアンツ 謎の毒蛾王国」(昭和34年、共に読切)を漫画化。続いて東映のヒーロー「七色仮面」及び「新・七色仮面」(昭和34年〜昭和35年)、「ナショナルキッド」(昭和35年〜昭和36年)を描き、他誌に於いても「白馬童子」(秋田書店発行『冒険王』昭和35年)を連載。昭和40年代に入ると「黄金バット」(少年画報社発行『週刊少年キング』昭和41年〜昭和42年)、「キングコング」(講談社発行『週刊少年マガジン』昭和42年)を描いている。また映像企画、及びスポンサー主導による作品としても「宇宙人マッハ」(光文社発行『少年』昭和35年〜昭和37年)、「電人アロー」(同・昭和39年〜昭和41年)、「ミサイルマン マミー」(『週刊少年マガジン』昭和41年)などを手がける傍ら、一峰氏自身の原作による「卜伝くん」(『冒険王』)が昭和35年にテレビ映画化された。
「ウルトラセブン」は昭和41年10月号から同誌連載の「ウルトラマン」に続いて昭和42年10月号から翌年10月号まで連載。並行して講談社コミックス「ウルトラセブン」にも毎月1話分が再録された。その後も一峰氏は講談社に於いて英国の特撮テレビ映画「ジョー90」を『ぼくら』に、「謎の円盤UFO」を『たのしい幼稚園』に連載し、一方では「ガメラ対大魔獣ジャイガー」、「ゴジラ対ヘドラ」、「メカゴジラの逆襲」など国産特撮映画、70年代のピー・プロ特撮シリーズを『冒険王』に、東映の「イナズマン」や円谷プロの「ウルトラマンレオ」、「ウルトラマン80」(読切)を小学館学習雑誌に発表。「黒い秘密兵器」などの人気少年漫画と並行して“映像原作漫画”とも言うべき新ジャンルを開拓し、50年代から80年代に至るまでの幅広い世代を魅了した。
ウルトラセブン 完全版(朝日ソノラマ)あとがき「『ウルトラセブン』と一峰大二」より抜粋
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