更新記録

2005.01.01

 いや、一年の早いこと、早いこと。
私的には、ダラダラとした中に得るものが多かった年でした、昨年は。
絵の仕事は断りきれないものを少々作成したのみで、殆ど「ハートブレーカー」の推敲に時間を割いていました。
 よく「何年もかけて書いた小説」なんていうのがあって、「そんなの嘘だろ〜」と思ってましたが、本当に小説というのは「書く」という行為自体にも膨大な時間がかかるのだなと実感しました。
構想や資料収集とかではなく、書く行為にです。
 それは、私にとって不慣れ、または適していない作業であるということだけなのかもしれませんが、やはり速い速度で書いたものは、それなりになるような気もしています。
マンガと並行して、小説の同人もある時期やっていたので、初めて書く小説というわけでもありません。しかし、さすがに原稿用紙換算で700枚を超えるものは今まで経験がありませんでした。
 絵の場合は、選択肢が無限であるようで、実は個人の感覚や俗に言う才能みたいな部分、もっと肉体的に言えば、手の動きみたいな部分に縛られて、ある意味描けるようにしか描けない……そんな気がするのですが、文章という奴は、本当に選択肢が多く、互いの関連性による余波は想像を超えた領域にまで影響を及ぼし、なかなか手強いのであります。

 できそうだができない……その部分が、実は絵よりもあるのではないか……そういうジレンマ、しかも諦めきれないジレンマに悩まされ、脱稿を遅らせているのです。

記号が受け手の中で再構築され具現化するという点では、音楽に非常に似ていると思います。音符は書けるけれど、美しいメロディが作れない……そんな感じです。
 今の日本の文化は、本当にヤバイと私は感じています。作り手もヤバイですが、編集も読者もヤバイのです。もしかしたら、人類の共通意識自体がヤバイのかもしれません。
でも、ヤバイと思えるうちは、まだマシなのかもしれません。だから、ヤバイと感じた方は老若男女問わず、動きだして欲しいと思います。

 この国が曲がりなりにも世界から大切にされてきたのは、文化……とくに芸術的に見るものがあったからではないでしょうか?
まあ、大いに我田引水的、身勝手な論理なのかもしれませんが、表現しなくてはならないものがある限り、私は石にかじりついてでも最適と信ずる方法で前に進みたいと思っています。

昨年末、恩師である鈴木光明先生が他界されました。
本当に淋しい気持ちです。

 何故、こんなにも淋しいのかなと考えてみたのですが、多分、私が前進することを見守ってくれて、うまくいった時には喜んでくれるであろう人間、数少ないそういった人間のひとりを失ったからだろうと思います。またしても身勝手な思考ではありますが、間違いないでしょう。
鈴木先生のことは、今は多くを語る気力がないので、またの機会に。 

 しかし……辻希美は、なんであんなに可愛いのだろう。(何を急に、または今更言ってるんだろう、この人は(^_^;)
「ロボキッス」と「ダブルユーの世界」はDVD買ったのだ。当然アルバムもね(^-^)いわんや、写真集もや。

 そう言えば「プロフィール」のコーナーも消してしまってから久しいな〜。あのころはヒロスエだったな……。また「プロフィール」のコーナー復活しますね。好みも若干変わったし。
ハーマイオニーもいいよね〜。かつてのスティービーニックスを彷彿させるよね(^-^) でも、ののには及ばんな〜(^_^;)

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