流浪篇-2



人生には分岐点というものが所々に存在し、私たちを楽しませてくれる。
ロールプレイングゲーム、もしくはアドベンチャーゲームのそれみたいなもんだ。

 止むを得ず外的要因によって翻弄されてしまう場合もあるが、その場合でも選択枝はいくつか存在するはずだ。平穏な暮しの中にも、それは現われるし、物描きのたまごにも大体同じように現われる分岐点がある。
 高校生活が終わりに近くなれば、大学へ進学すべきか、それとも就職すべきか、アルバイトをしながら漫画の勉強をすべきか、雇ってくれる所があればアシスタントにしてもらうか…

 それは、たぶん趣味で漫画を描くか、職業にするか…というかなり大きな分岐点へと繋がる問題でもあるだろう。

 理想的には、本人がそんな気も無いのに誰か偉い先生や出版関係の人に見込まれて、望まれてプロへの道に足を踏み入れ、読者が沢山ついて離れることなく、生涯漫画を描いて暮らせるというパターンだろう。
 まあこれは「漫画描き」として、たぶん幸せなのだろうと思うのであって、人としてという意味ではないのだが…

 大学へ進学したからなんだ、ということもない。
確かに専門知識は得られるだろうが、それとて本の数十冊も読めば同様の知識は得られる。
 ただ「つぶし」には少々役に立つかもしれない。つまり、早いうちに漫画で生計を立てることに見切りをつけた時、就職に少しは有利だろう。

 この国は学歴社会っぽい所が強いから、いろんな場面で優位に事が進む場合もあるかもしれない。
漫画家が最初に突破しなくてはならないのは読者ではなく出版社の編集者だ。
 担当編集者こそが第一番目の読者である、という考え方もできるが、一般の読者とは似て非なるものである。それはより多くの読者が支持しそうな作品、つまり売れる作品、簡単に言えば儲けを産んでくれる作品を選別するのが編集者の仕事だからだ。
 そして忘れてはいけない。一流出版社の編集者はエリート就職なのだ。
まあ、普通に考えれば漫画家にとって必要なのは学歴より、もっと他のことだ。当り前である。
 しかし、人間の多くは何かによって他人をランク付け、または差別化しないと己のアイデンティティを保持できない生き物らしい。
 つまらん事を書いた。
それよりも現実的恩恵として大学には社会に一番近い組織であるということがある。
つまり、先輩は社会の何処かでお金をかせいでいるということだ。
 就職活動なんかの場合でもサークルの先輩を訪ねるなんてことが半ば当り前のように行われている。
「マン研」(「漫画研究会」の略である。念のため)なんぞに入って入れば、先輩に漫画家や編集者の一人や二人は必ずいる。このツテはかなり有利である。
 こっちが黙っていても、彼等は暇をみては部室に現われ「アシスト狩り」をしていくのが常だからだ。

 山田ミネコさんに「大学へ行くべきか?」と相談したことがある。
答えは簡単。「行って、つまらなければ辞めればいいのよ」であった。
「大学っていうのがつまらない、ということを経験できたなら、それは入っただけの価値がある」ともおっしゃていた。正にその通りだと思った。

 で、中央大学文学部哲学科という私らしい選択をした(^_^;)
バカボンのパパが卒業した大学の隣にあるという大学にも受かったが、ここは遠すぎたので遠慮した。
 中央大学は今は八王子へ移転してしまったが、当時は「お茶の水」にあった。これは私にとっては有利な立地条件だと思われた。
 神田は目と鼻の先である。そう、その周辺は出版社密集地帯だったのだ!

 

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