成田マキホさん、ちょっと変わった名前なのだが御本名である。
たしか萬貴穂と書くのではなかったかな?(違ったら教えて)
ちなみに、長女は美千流(ミチル)ちゃんである。
メーテルリンクのチルチルとミチルからとったのだそうだ。絵本画家らしくて、おしゃれである。
講談社の幼年物雑誌の挿絵や組み立て付録等をメインに仕事をされていたが、絵本、ぬりえ、通信社のイラスト、アニメのキャラデザとかなり幅広い仕事をこなされており、そのほとんどがカラーであったので忙しさは半端ではなかった。幼年物では漫画も描かれていたのでネーム等の時間もかかるし、それもカラーであったからだ。
アニメ関係では「魔女っ娘(子かな?)メグちゃん」「ドンチャック物語」のキャラデザイン。
「コンドールマン」(これは実写もの)や「コンバトラーV」の設定なんかもされていた。
出身が手塚プロであったので、その周辺関係やアニメ関係との接点で幅広い創作活動をされていたようだ。
サンプル作品を見ていただき、早速一応専属という形でお手伝いさせていただくことになった。
場所は西武池袋線の中村橋というところである。
この沿線には手塚プロや石森先生の御自宅、松本零士先生、虫プロ…そして、あの「トキワ荘」なんかもあったりして、漫画、アニメ関係者が集中している地域だった。
問題は私には帰る家が無い、ということである。
もとさんの所も成田さんの所も仕事中は食事も寝る場所も提供して下さったが(三角押入れと机の下だったけど)それ以外の時もいすわるわけにはいかない。
またまた江口さんに相談してみた。
葛飾柴又帝釈天の近くに住んでいる漫画家さんがいて、彼のお父さんが所有するボロアパートを建て直すので、半年間だけ5000円の家賃で住まわせてくれるという。
5000円くらいなら、アシスタントでいただくお金の中から家賃として捻出できそうだ。
こうして、私は半年という条件付きながら自分のねぐらを得ることができたのである(^-^)
中島昌利さん。彼が一応大家さんということになって、各地からいろいろな人達が半年の宿を求めて集まってきた。
漫画描きでは、九州から高見典子さんと、その友人の山口さんという女の子。
学生、闘争家の編集、イラストも描く学灯社の編集、そして紹介者の江口さん。
高見典子さんはフレンド系で作品を発表されていたので、御存じの方もいるだろう。
福原ヒロコ先生の手伝いもされていたようだ。
真面目な漫画家修業者という感じであった。
新聞配達が彼女の収入源であった思う。寒い朝でも走って新聞を配達していた姿が今でも目に浮かぶ。
現在は、あこがれの結婚をなさって一児の母になられ平穏な暮らしを満喫なさっているようだ。
山口さんは一時期、成田さんのところへ私と一緒にお手伝いをしていた。
正確には、この時期ではなく、みんなまとめて練馬へ越した後のことなのだが。
みんなそれぞれに、業界やら同人誌やらの友人知人がいたものだから連日それらの人に担当の編集者も加わって大騒ぎであった。
何かアパートの名前を付けようということになり、草団子がその地の名物だったので、その名をいただくことにした。
「アートスタジオ草団子」の誕生である。
中島さんとは今でも親しくおつきあいいただいている。
ちょっと変わった気のいい兄貴、という感じである。
作画グループという有名同人誌のメンバーであったので、私も連れられて聖悠紀さんのステレオを見にいったり、一条ゆかりさんが出版社からバイクを貰ったと聞いては乗せてもらいに行ったりしていた。
バンパイアクラブという同人にも中島さんが参加していたので、アートスタジオ草団子主催の餅つき大会には吾妻ひでお御夫婦も来訪して下さったりで、交流の輪はとめどなく広がる一方であった。
ねぐらを確保できたのは良かったが、私には私物というものがまるで無かった。
机も無ければ布団もない。どうしたものかと途方にくれていた。
人間は運だけの生き物である。救いの手が差しのべられた(^-^)