少女漫画フェスティバルの頃-2




 さて、肝心の「少女漫画フェスティバル」であるが、あまり覚えていないのである(^_^;)

 私が担当したのは主に開催までの下準備で、「漫画大会」の役員という立場を使っての宣伝と参加者確保であったと記憶している。
「漫画大会」の役員達は、全国の主だった創作同人グループとファンクラブの会長達であったので動員数確保には役だったはずだ。
 当日は招待した、それらの人達や作家の方達との接待?に時間をとられ、会場にはあまりいなかったのである。

 それでも、原画等が即売されており、萩尾先生が威勢のいい声で次々原画紹介と、叩きうり?をされていた姿等記憶している。萩尾先生はデビュー当初からのファンだったので、作品から相当のシャイな方ではないかと思っていたのだが、意外に活発な方であられた。
 思えば、彼女の作品はテーマこそナイーブなものが多いが、キャラクター達はすこぶる闊達なのであったね。
 和田さん竹宮さん等多くの先生方の色紙や原画、ネコさんの作品にいたっては丸ごと1作売られていた記憶がある。
 当時の子供の小遣いから考えると高価だったには違いないが、今となっては2度と手に入らない貴重かつ値のある物になっているはずである。

 私個人としては、当時大ファンだった高橋亮子先生に友人(先輩だね)の小室しげ子先生に紹介していただき「つらいぜボクちゃん」(だっけ?)のヒロインの早苗ちゃんを描いていただいたり、デビュー当時からのファンであった河あきら先生とお会いできたのがラッキーだった。

 高橋先生はデビュー前に小室先生のお手伝いをされていた関係で引き合わせていただいた。
すごくおとなしい方で、サイン画を描くのに30分くらいかけて丁寧に描いて下さったのが印象深い。
 私の後に長蛇の列ができてしまったのだが…たぶん逃げ出せず、丁寧にサインされたのではないだろうか。

 河あきら先生は例のトレードマークのサングラス姿であった。(いまいかおる先生もたぶんそうだ)
河先生は石森先生が批評等をされていた「墨汁三滴」という創作グループの中で、ひおあきら先生と並んで人気作家だった記憶がある(他にも沢山すごい方がいたと思うが…記憶が(ToT)
 SFと異性転換ものをデビュー当時は描かれていて、私はこの手の作品には目がないのだ(^_^;)
ちなみに、石森先生が同人時代に主催されていたのが「墨汁一滴」であることは有名である。

 この会場では、なんの間違いか私もかなりのサインを求められた(本当にまちがいだと思う)
今まで、あれほどのサインを描いた日はない。一生のピーク時が10代のあの日だったのではと複雑な気持ちである。果たして死ぬまでに復活はあるのか?

 手元に「少女まんがフェスティバル」のパンフがあるので、ここにコメントを寄せている先生方を列挙して終わろうと思う。
 和田慎二、小室しげ子、市川ジュン、山田ミネコ、高橋亮子、柴田昌弘、くらもちふさこ、各先生がコメント。
 寄せ書きイラストには、上の先生方以外には、竹宮恵子、河あきら、いまいかおる、杉本啓子、ささやななえ、早瀬淳、各先生。

 スタッフの「三日月会」メンバーには、ボネ鏑木、笹尾なおこ、土屋進、各先生の名前も見られる。
「研究会」「新月会」「若月会」という所には、現在活躍されている先生方の名前も数多く見られるのだが、前回記したように、私はこのころから少女漫画を読んでいないので正確な把握ができないという理由で、この辺りで留めさせていただきたい。(それでも、かなりいらっしゃる)

 さーて、私のマニア時代の話は、このへんで終了し、次回からは「流浪篇」へと突入していく。
プロを目指す人達には「こんなことをやっていると一流にはなれない」という反面資料になるのではと自負している。

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