![]() 前回「締め切りを守らない」パオ樹君のエピソードを紹介いたしましたが……まだまだたくさんいらっしゃいます「締め切りを守らない」作家さん(笑)。もう漫画家といえば締め切りをめぐる編集さんとの攻防戦を皆さん思い浮かべるぐらい、「漫画家は締めきりを守らない」というのがメジャーなイメージになっているぐらいですから……。 ![]() 3.困ったアシスタントベスト3 ―― No.3来ない…… ―― <その3「来させない・前編」> 締め切りが遅れている時は、作家さんも魂を削られながら作品に挑んでおりますが、やはり気の毒なのは担当の編集さんでしょう。編集長からは睨まれますし、印刷所からはまだかの催促。印刷所を待たせたりすると、その分とんでもない経費がかかるので針の筵(むしろ)でしょう。 「おーい、1時間経っちゃったよ〜○○万円飛んだよ〜」 「どーすんだぁ! ――などとネチネチいぢめられて、内臓やらその他色々な場所を蝕まれる方も多数いらっしゃいます。 そしてついにこんな強行手段に出る方も……。 (注)今回のエピソードも、別の某プロダクションで起きたお話しですが、大人の事情で「コアラプロ」でのエピソードとして書かせていただきますのであしからず。コアラ先生は締め切り遅れませーん(笑)。 ━━ 某年12月 ━━ 「ブタ美……ブタ美ちゃ〜ん、ブタ美様ぁ〜起きてよ〜電話だよー」 「何っ?! こんな時間にっ!」 「ひぃぃぃ〜ごめんなさーーい、コアラ先生の担当さんのモグラさんからですぅ〜〜、ねむいかも知れないけど電話に出てね〜」 コアラプロで職場結婚したトン太先生とブタ美さんですが……結婚1ヶ月、すでに力関係が定まってきたもよう。 ブタ美さんの前ではひたすら低姿勢になりつつあるトン太先生ですが、それでも必死に機嫌の悪いブタ美さんを起こします。 それもそのはず………。 モグラさんは今はコアラ先生の担当さんですが、実はいずれは編集長……いえ、そのさらに上にも登るかもと思われる出世コースに乗ったエリート編集者なのです。覚えを悪くするわけにはいきません。 「え〜モグラさん? コアラ先生の仕事は明後日の水曜日からって聞いてるけどね〜」 「そうなの? でも来て欲しいみたいだよ」 トン太先生はコアラ先生のアシスタントは辞めて、独立していましたので、今アシスタントに通っているのはブタ美さんだけです。 「はい…お電話替りました、こんばん……」 「ブタ美さん?! なにやってんの! 仕事始まってるからすぐ来てくれないと困るからね! え、電車がない?! トン太君に送ってもらいなさい!! とにかくすぐ来て!!!」 ――ガチャン! すごい勢いで電話は切られました。 「な、何? いきなりキレてるよ……モグラさん」 「ブタ美ちゃんまたなんか勘違いしてた?」 「そんなはずないんだけどねぇ……ほらちゃんとカレンダーにも書いてあるし……水曜日だよ。いつもより遅れてるんだよ、進行」 「カレンダーにつけ間違えたんじゃないの?」 「はあ? 何が言いたいの……」 「ひぃぃぃ〜ごめんなさーーい、なんでもありません〜」 「とにかくトンちゃん……仕事してるのに悪いんだけど、仕事場まで送ってくれる?」 「分かった! 今車出すから!」 「明日の食事とか作り置きしとく暇ないねえ……悪いけどアシスタントさんといっしょに出前取ってね。く〜〜経費がかさむ〜〜、今月キビシイのにな〜〜」 寒さの厳しい12月の深夜、仕事を自分のアシスタントに託し、車を出すトン太先生。はっきりいって大迷惑なはずなのですが……。 「ごめんねトンちゃん…あと3時間もすれば始発が動くのにねー」 「いいよ気にしないで! 気晴らしになるし」 どこまでも優しいトン太先生に、ちょっとウルウルするブタ美さんでした。ところが……。 トン太先生に車で送ってもらい、無事仕事場に到着したブタ美さん。 高田馬場の仕事場には、もう全員集合していました。 ――けれど 「ちょ、ちょっとノビちゃん! 先生のネーム……」 (注)ネーム→下絵の前の下書き。コピー用紙などにセリフを書く。 仕事部屋を一瞥したブタ美さん、びっくりしてあわてて廊下にノビちゃんを呼び出しました。 ひそひそノビちゃんに話しかけるブタ美さん。 ノビちゃんも小声で答えます。 「――そうなんですよ、まだ全然出来てません!」 「え〜、まだ全然出来てないのに集合かけたの?」 「……はい、モグラさんが全員集めろって言うもんで」 やはり、本当の集合は明後日で良かったのです。 どうやら、どうしても早くネームを仕上げて欲しいモグラさんが、先生にプレッシャーをかけるために、スタンドプレーでスタッフ全員を呼び寄せたようです。 ブタ美さんとノビちゃんは仕事部屋に戻り席に着きます。 先生の横にはモグラさんが厳しい表情で座っています。 先生、ここしばらくスランプ気味で、原稿は遅れがち。今回も“本当の締め切り”を2日ばかり過ぎています。明後日集合で不眠不休で仕上げて、やっと落ちる寸前に原稿が上がる計算でした。 しかし、そこまで締め切り日がズレ込むと、印刷所の輪転機を止め待機してもらう料金が膨大にかかります。もちろん普通の作家さんではそこまで待ってもらえません。人気のある作品だからこそ編集部も予算をかけて待機してくれるのです。でも、それにも限度があります。 いくら人気作品でも、そう何回も許される事ではありませんでした。 モグラさんのピリピリした表情に、スタッフ全員黙りこくっていて、仕事部屋の雰囲気はひどく緊張したものになっていました。 フゥッとため息をつき、諦めたようにコアラ先生サラサラと原稿用紙に絵を書き入れます。 「ノビちゃん、とりあえず表紙…下書きしたから皆で仕上げて」 「は、はい!」 ノビちゃんが枠を入れ、ブタ美さんに渡します。 ブタ美さんがキャラクターの「髪の毛」と「服」にペンを入れ、ニャオ木君へ。 ニャオ木君がモブ(その他の人物)を書き、キャラクターの「体」にペン入れ、猪田さんへ。 猪田さんが背景を入れ先生へ戻します。 先生が顔をペン入れしてノビちゃんへ。 そしてノビちゃんが仕上げ……。 仕事はあっという間に終わってしまいました。 また、沈黙の時間が訪れます。 その間、モグラさんはずっとイライラと貧乏揺すりをしています。 先生は1ページもネームを描きません。 納得いくまでとことん粘る構えです。 そこのところは、絶対妥協しないコアラ先生。 無言の攻防が続きます。 「あ〜あ…暇やん〜〜」 猪田さんが不機嫌な声で言い捨てます。 ギロっと猪田さんを睨むモグラさん。 モグラさんに睨みつけられ、まだ少し笑みを浮かべていた猪田さんの表情が険しく変わります。 ――皆、本気で腹を立てはじめていました。 コアラプロの雰囲気は、いまや最悪な状態です。 音を絞ったテレビには、何度も見た映画が映っています。 ――なにか文句があるのか? とでも言いたげな怒りを含んだ視線で、担当のモグラさんはアシスタント全員を見回しました。 誰も何もしゃべりません。 窓の外の夜空は、いつのまにか白みはじめていました。 「あのー、先生……ちょっと早いけど、みんなで朝ご飯食べに行ってもいいですか?」 その時ノビちゃんが沈黙を破り口を開きました。 ノビちゃんの手には、ワニ下君の書いたイラスト入りメモが握りしめられていました。 メモには一言「メシ〜〜」 ――と、書かれています。 実は一人暮らしのワニ下君、いつも生活費節約のため仕事場で食事をしようと昼夜抜きで来るのですが、こんな雰囲気なので言い出せずに、一晩中空きっ腹を抱えてがまんしていたのです 助かった!と、いうような表情で立ち上がり、先生は財布からいつもよりかなり多めのお札をひっぱり出しました。 「何でも好きなもの食べてきていいよ」 「はーい♪ ありがとうごさいまーす!」 みんなやっと缶詰め状態から抜け出し、マンションの外へ出る事ができました。 何でも好きなもの……と言っても、この時間開いている店はいつものファミレスぐらいのものです。 早朝の寒さに震えながら、歩いて10分程の所にあるデニーズへと向います。 「あーも〜〜、ステーキや! ステーキ喰ったる〜」 「そうだよなー! 高いモンでも食べさせてもらわなきゃやってられないよまったく! なんなんだよあの雰囲気……」 「オレ、腹に入ればもー何でもいいや…う、飢え死にしそうだ〜」 「私ケーキとパフェも頼んじゃおーっと♪」 「あ、ついでにビールね!」 「あ! オレも〜♪」 「ちょ、ちょっと猪田さんブタ島さん、まだ仕事中……」 「ネーム1枚もできてないのに仕事になるかい! アホ!」 ――ちょっと朝食のはずが、なぜか宴会の様相を呈してきました……。 …… 「――なあ、ノビちゃん、この状況なんとかしてェなぁ。アホらしーわ、ぼーっとただ待ってるだけやし…」 猪田さん、結構杯を重ねてもどうにも酔いきれない様子です。 ついにノビちゃんにからみはじめました。 「チーフやろ〜、頼むがな」 そうなのです。 真面目な仕事ぶりが評価され、最近ノビちゃんはチーフアシスタントに任命されていたのです。 ――と言っても画力的にはまだ初心者のノビちゃんです。先生の身の回りの世話やアシスタントさんの面倒などを引き受ける、ほとんど雑用係のようなモノなのですが……。 「オレたちもさー、自分の原稿かかえてるし……」 ブタ島君とニャオ木君も困り顔です。 「このまんまじゃ、いざネームができて追い上げって時、みんなバテちゃってスピード出なくなるわよ、絶対!」 「頼むがな〜〜チーフぅ〜〜」 「分かりました。任せて下さい! ボクが責任持ってモグラさんに話してみますから」 「ホンマ? じゃ、オレら一旦帰っていいかな?」 「大丈夫です任せて下さい!」 「じゃあ帰るけど、あと頼むで〜」 ――言い張りグセのあるノビちゃんです。 アテにならないのは分かり切っていましたが、とりあえずこのままではらちがあきません。 後の事はノビちゃんに託し、猪田さんワニ下君、ブタ島君とニャオ木君は駅へ向いました。 「すみませんブタ美さん付き合ってもらっちゃって……」 「バック置いてきちゃったんだから仕方ないでしょ」 皆を見送り、ブタ美さんとノビちゃんは腹を括ってマンションへ戻ります。ところが……。 「ちょっと、ちょっと、ちょっと〜! 他の人どーしたの! ノビちゃんブタ美さん!!!」 正面から小太りの体を揺らせながら、モグラさんが駆け寄って来ます。 皆の帰りが遅いので、業を煮やして様子を見に来たようです。 しかし時すでに遅し――。 (注)当時は携帯電話が普及していなかったので色々不便でしたが、 こんな場合は都合がいいですねー♪ 「帰したってアンタ……」 ノビちゃんちゃんの報告を聞き、みるみるモグラさんの顔面が紅潮していきます。 「このまま仕事場にいても、何の仕事もありませんから……」 「だったら練習でも何でもしてればいいでしょ!」 「モ、モグラさ〜ん、あのまま徹夜でずっと全員でネーム番なんて無茶ですがな〜〜」 「とにかくみんなで見張ってて欲しいの!分かんないの?!この状況が!アンタ達の都合なんかどうでもいいから早く電話して仕事場にみんな来させて!!」 あくまで下手に廻ってお願いモードだったノビちゃんですが、さすがにこの言葉に、キッと顔を上げました。 「……ダメです。来させません!」 「何言ってんの、アナタ……」 いつも穏やかなノビちゃんのいきなりの反撃に、モグラさん少し驚いた様子です。 「みんなのスケジュール調整をするチーフとして言いますが絶対に来させませんから!」 「………」 ――すごいぞノビちゃん! こんな長いフレーズを噛まずに「ヒョホホ」も入れずに喋ってる! …などと、違うところに感動しつつ、ブタ美さんも援護を開始しました。 「モグラさん、みんながちゃんと睡眠とれてないと、ネームができてもいつものようにはフル回転で仕事できませんよ。途中でダウンして逆にアップが遅くなっちゃいます」 「そ、そうそう、そうですがな〜」 「………」 「モグラさん、らしくないですよ〜。そりゃまた印刷所のライン止めることになるとお金が大変なのはわかりますけど……」 モグラさんは元々そんなにごり押しをしてくるタイプの担当さんではありません。(はたして他の作家さんが相手の時に、同じ態度かどうかは定かではありませんけどね…… ふぅーっとため息をつくと、やっとトーンダウンしてくれました。 頭を掻きながら、今度は泣きそうな顔になり呟きます。 「お金の問題じゃないのよね〜〜」 ――あ、ちなみに一応断っておきますが、オネエ喋りではありますが、モグラさんノーマルな男性です(笑)。 「えー? そうなんですか〜?」 疑わしげにノビちゃんがクビを傾げます。 「そりゃすっごくお金かかるけど〜、ぶっちゃけそんな出費何でもないぐらいは、単行本の売り上げで儲けさせてもらってるのよー。だけどね……」 「だけど?」 「印刷所の主任さん、奥さん病気なのにずっと印刷所に詰めててくれてるのよ。お見舞いにも行かずに――」 「――!!」 ブタ美さんとノビちゃんは、もうそれ以上何も言えなくなってしまいました。 約束どうり仕事を仕上げないという事は、そういう事なのです。 「本」造りは共同作業。どこかの工程がきちんと仕事をしなければ、必ず他の人に迷惑がかかります。 ――特に1番立場の弱い人達に……。 マンションに戻り、ブタ美さんはとりあえずネームができるまで自宅に帰る許可が下りました。 みんなも自宅待機でOKです。 「じゃあノビちゃん、あと頼むね!」 「ハイ! 任せて下さい! 先生の相談相手になって、必ずネーム描いてもらいますから!」 ノビちゃんの中には、雑誌の出版に関わるスタッフとしての自覚が芽生えていました。 この経験は彼の今後の作家としての人生に、きっと役立つ事でしょう。 「それにしても…ねぇ、ブタ美さん」 「んー? 何?」 「モグラさんの『アンタ達の都合なんかどうでもいいから』って一言、ドスンと腹に効きましたよ……。印刷所の方には配慮はあっても、アシスタントには人権も何もないんですね〜〜」 「アハハハハハ、漫画家予備軍、腐るほどいるからねー」 「笑い事じゃないですがな、もしかして〜」 「どさくさに紛れて編集さんの本音聞けて良かったかもよ」 「そうですね、根性座ったかな〜。早くちゃんとした作家になって、人間レベルになりたいですよ〜、ヒョホホホホホ」 「がんばんなよーー」 「がんばります〜」 「あ〜あ、バテバテだよまったく! 明日また来て徹夜か〜。……キツイな〜〜」 ぼやきながら家路につくブタ美さん。 こうして迷惑は、その後八つ当たりされるトン太先生にも及ぶのです。 ≪今回の教訓≫ とにかく〆切は守ろうね ―― つづく ―― 「頼りになるアシスタント」 です♪ お楽しみに! |