ブタ丸母ちゃんの後出し日記

 「困ったアシスタントベスト3」では、ちょっと困ったアシスタントさんのエピソードを紹介いたしましたが、次はすご腕の方々のエピソードを紹介したいと思います。と、言っても「使えないアシスタント」だった私にとっては、ほとんどの皆さんが雲の上のような存在に思えていたのですが(笑)。やはりプロの技術は世界が違います!

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  4. 頼りになるアシスタント
    ―― 1.「描ける人」って? ――

 「よっしゃ!今日の仕事はこれで切り上げて、また画力アップ練習タイムにするよ!」
 ――と、ある日のコアラプロ。
 今を去る事20年程前(年がバレるからはっきり書きませーん 画像 )。

 この時はちょうど、コアラプロの手伝い経験者の中の超・出世頭、今では大作家の馬沢君が臨時の手伝いに来てくれていた時期でした。
 馬沢君はもうデビュー済。青年誌に読み切りを何本か掲載し、連載準備中です。
 連載が決まるまでの間の無収入期間のみの、期間限定アシスタントとしてコアラプロに手伝いに入ってくれていたのです。
 コアラ先生は馬沢君の才能に気付き、
 「こいつただ者ンじゃねーぞ! 絶対すっげー作家になる! 楽しみだぜ〜♪」
 と、興奮気味にみんなに紹介しました。
 けれど、あまり見る目のないブタ美さんは、
 (ふーん…けど地味な絵描くよねー…どっかで見たような絵柄だし…)
 と、最初は半信半疑でした。
 ――けれど……

 まさに栴檀(せんだん)は双葉より芳(かんば)し。馬沢君、やっぱり何をしてもなんか一味違っていたのです。

 「じゃあ今日はクロッキーやるから。描くのはこの置物ね」
 ノビちゃんが皆に画用紙を配ります。
 コアラプロでは、アシスタントの技術底上げと気分転換を兼ねて、このような合同練習が時々行われていました。

   画像ワンポイントレッスン♪
     ☆クロッキー☆
         ご存知とは思いますが一応解説しますね♪
         対象物の全体像を的確に見る目を作るためのレッス
         ンです。時間を区切りできるだけ短時間(1〜5分)
         で特徴を捉えた絵を書き上げます。段階的に描く時
         間を短縮してくとよいでしょう。

 (ブヒ〜〜、苦手なんだよね〜クロッキー! みんな上手いしな〜、ヤだなぁ、絵が下手なのバレバレになるもんな〜)
 イヤイヤ置物の周りに座るブタ美さん。
 描くのがとっても遅いワニ下君もため息をついています。
 「はい、じゃあボクがタイムキーパーやりますから!」
 ノビちゃんがストップウォッチ片手に号令をかけます。
 「スタート! 時間は5分でーす!」

 大急ぎで描きはじめるブタ美さん。
 しかしこの置物、妙なデザインの人形で、どこがどうなっているのか、なかなかよく分かりません。
 ブタ美さん、必死で顔を上げたり下げたり、何回も像を見上げます。
 (なんだかさっぱりうまく描けないよ〜〜。みんなはどんなの描けたのかな)

 他の人の絵を見回すブタ美さん。
 (――あれ?)
 サラサラ描き進める馬沢君を眺めるうち、ある事に気がつきました。
 (馬沢君、ほとんど置物をみてないよ!)

 そうなのです。
 必死に顔を上げ下げするブタ美さんとは違い、馬沢君はちらりと置物を見ると、後はサラサラ鉛筆を紙に走らせています。置物を見ている時間はほんのわずか。なのに、絵は正確に置物の細かいディティール━全体の中の細かい部分━まで捉え切っています。

 (ウッソ〜!なんなのこの人!)

 つまり――
 馬沢君とブタ美さんでは、1回対象を見て手に入れる情報の絶対量が全然違うのです。

 (は〜〜〜っ、“描ける人”ってのは、こーゆー人なのね……な〜るほどねぇ! こりゃいいもん見たわ…)
 練習のたまものなのか、はたまた先天的ななにか違いがあるのか――
 ちなみに人間には「視覚優位」タイプ、「聴覚優位」タイプなどがある事が知られていますが、ブタ美さんは後にテストをしてみたら「聴覚優位」タイプでした。そういう事も関係あるのかもしれませんね。

 ブタ美さん、自分の絵はほったらかして、みんなの様子を観察しはじめました。絵を描くのが遅いワニ下君は、やはりみんなより置物を見る時間が多いようです。それでもみんな、ブタ美さんのように必死に顔を上げ下げはしていません。
 (アハハハハハハ……アタシャ全然なってないね、こりゃ……)
 がっくり型を落とすブタ美さん。

 「あ〜、ブタ美さんサボッてる〜、ダメですがな〜ちゃんと修業しなくちゃ〜ヒョホホホホ」
 「ブヒー、お腹空いたよ〜。オヤツさがして来る!」
 「ブタ美さん逃げた! ずるいですがな〜」

 コラコラ! ここでサボっちゃ上達は望めません。
 「あ〜、オレも〜! おババ(ブタ美さんの事です)ビール頼むわ」
 「ハイよ〜」
 「そこの二人!練習も仕事のうちだぞっ!コラ!…あ〜もうムカマーク画像

 ――修業中の皆さん、ちゃんと練習しましょうね!画像

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    ―― 2.誤魔化しのテクニック ――

 「ブタ美さーん、ここの背景に点描頼む」

 その日もいつも通り、まったり仕事中のコアラプロです。
 下絵を入れ終わったコアラ先生、ブタ美さんに背景処理の仕事を廻しました。
 「へ〜い……ゲッコマデカイっすね……」
 「うん♪ 端をベタ(黒塗り)で押さえて、オドロ〜って感じのグラデーションにしてね」
 「ベ、ベタからのグラデーションっスか……分っかりました〜」

 コアラプロに入って、もう1年。
 それなりに努力して、少しは仕事が出来るようになっていたブタ美さんではありますが……
 作家さんの世界は、才能のある人同士が、全力で努力して勝負しているプロの世界。
 ブタ美さんみたいにハンパな努力しかして来なかった者が、ちょっと練習したからといって、そうそう簡単に追いつく事はできるほど甘くはありません。
 だからと言って、いつまでも後輩気分で役立たずでいるわけにはいけません。とにかく片隅にいるだけでも肩身が狭くてイヤでした。
 ――で、ブタ美さんは考えたのです。

 スキマを探して一芸を磨く!

 男性ばかりの仕事場ですから、少女漫画的な技術はあまり得意な方がいません。
 ですからそれを自分の一芸とし、ひたすら練習をしたのです。
 その甲斐あって、点描や花はブタ美さんが専任で描かせてもらえるようになっていたのです。

 ベタからの暗いグラデーションでコマを埋めるのは、いつものキラキラ付きの点描の10倍以上は点を打たなくてはいれません。大変な作業ですが、やっと任せてもらえるようになった仕事です。ブタ美さんは嬉しそうに原稿用紙を受け取り、席に戻ります。

 (でも、背景ももっと練習して描けるようにならないとね……)

 背景は、アシスタントの技量が問われる重要な仕事です。
 建物や自然物など、あらゆるものを描かなくてはいけないので、描きこなすには膨大なスキルが必要となります。
 パース(遠近法)や影の処理、質感の表現、そして――

 「あ゛〜〜ダメだ〜入らねぇ〜〜」

 鉛筆を投げ出し、ワニ下君が両手を上げ、ギブアップします。
 「コアラ先生、すいません! 背景の“あたり”入れて下さい」
 席を立ち、原稿用紙を手にコアラ先生に救援を求めに行きました。

 漫画は実写とは違い、現実ではあり得ない誇張した表現が可能です。
 そういう実写より迫力ある画面が、漫画表現の魅力なのですが、いざポーズをつけた人物のバックに背景を入れようとすると……。
 とたんに構図のウソが露呈し、どうにも背景が入らない場合があるのです。特に複数の人物が描かれている場合など、どうにもパースがつけられなくて困った事態になる事がままあります。

 「どれどれ……」
 「すいません、先生」
 「え〜と、ここはこうだから、腰の辺りに消失点をもってきてだな……ん?!
 「コアラ先生?」
 「いや――ちょ、ちょっと待ってね。え〜〜ここがこうだからぁ……」
 「先生まさか……」
 「あはははははは……だめだこりゃ、パースとれねぇ」
 「ちょっと先生〜〜〜」
 「こういう場合はだな、集中線でごまかしてぇ
 「先生〜〜前のページも、その前も集中線ですよ〜〜マズくないですかぁ?」
 「あははははははは」

 少しは考えて構図を決めよう、コアラ先生。
 ――アクションシーンなどカメラアングルに凝ったシーンでやたら集中線ばかりの漫画がありましたら、こういった経緯があると推測して下さいませ。

 「先生、ちょっと見せて下さい」
 見かねて馬沢君が立ち上がりました。
 「おお! 馬沢君!」
 ――出ました、コアラ先生得意の他力本願(笑)

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 「う〜ん、なるほど……」

 画面には3人の登場人物が描かれています。
 身長差のある3人が1つのコマに入っているので、全員の顔をちゃんとコマに入れるにはその身長差を誤魔化さなくてはいけません。
 実写では背の小さな人が、台の上に乗って撮影したりしなくてはいけないケース。
 ――なんとなく分かっていただけるでしょうか?

 コアラ先生はその、小さい人が台に乗っている状態のバランスで3人を描いてしまったのです。
 当然人物にパースを合わせて背景を描くと、その人が宙に浮いてしまいます。だからといって手前の二人に合わせて背景を入れると、今度は後ろの人物が異空間に飛び出してしまいます。

 「こういう場合は……」
 「ふむふむ」
 いつのまにかみんな馬沢君の所に集ってきていました。
 実は背景担当のメンバー、みんなコアラ先生のパース無視の人物配置には常日頃悩まされていたのです。

 「できるだけバレないように誤魔化しながら、前の二人に合わせてパースをとって……」
 馬沢君、フリーハンドでさらさらと背景の“あたり”を入れます。
 「――最後に」
 「ど、どうするんですか? 3人目が変になっちゃうけど…」
 ワニ下君が身を乗り出します。
 馬沢君、大きな目をイタズラっぽくクルリと回し定規を手にとります。

 「3人目の……」

 ススッと定規で3本線をひきます。

 「背後に空コマを描き込む」

 「あ! なるほど〜〜! こりゃすげ〜〜! スゲーよ馬木ちゃん! この手があったかーー」

 コアラ先生が嬉しそうに手を叩きました。
 「そ、そんなに驚かなくても……」
 恐縮して頭を掻く馬沢君。

 「こりゃ少女漫画的な手法だよな。マンガのコマは空間を現しているから、人物の背後に描き込めば、ちょっとこの人だけ別の場所にいるよって表現になる……」
 確かに背後に何も描いていない空コマを描くだけで、3人が違和感なく画面におさまりました。
 コマの中にコマを重ねて描いてしまう事は、当時男性誌ではあまり行われていませんでした。できるだけコマ割りは分かり易く単純に――が、一般的な男性誌の描き方でしたから。

 「ブヒー、なるほどねー」
 ブタ美さんも腕組みをして感じ入ってしまいました。
 ――少女漫画的な手法
 それなら、女性であるブタ美さんが真っ先に気付いても良かった事なのですから。まさにコロンブスの卵。気付けば何てことはない事なのに……。それに気付くか気付かないかが実力差なのです。

 「実はオレ、結構少女漫画好きなんですよ。それでいろいろ研究したんで――」
 「あー、オレも好きなんだけどさー、うーん気付かなかった〜」
 「私なんて高校時代は竹宮先生のファンクラブ入ってたんだけどねー」
 さすがに将来柔道マンガ、テニスマンガ、サスペンスミステリー、SFと様々なジャンルを描きこなすお方。同じ「好き」でもそこから吸収する量が違います。

 でも馬沢君自身は、こういった変則的なコマ割りは自分のマンガではほとんど使っていません。むしろとてもシンプルなコマ運びです。でもカメラアングルは映画のように変化に富んでいます。もちろんちゃんと背景付きで(笑)
 いかに分かり易くダイナミックにコマに人物を収めるか――。
 作家の力量・センスの問われるところです。

 「あかん! 背景入らんがな、コアラ先生!」
 今度は猪田さんがギブアップ宣言です。
 「え〜〜、あーもういいや、そこは背景なし! ベタ(黒く塗潰す事)にして! んでもって左上にベタフラで抜き作ってね」
 「了解〜〜」
 ――今度はベタか……コアラ先生。
 背景の技術より、誤魔化しのテクニックばかりどんどん上達するコアラプロのメンバー達です。
   (注.今回のエピソードも場所・人物等アレンジしてあります)


    ―― 3.「神技」ゴットハンド ――


 「大クマさんってそんなに上手い方なんですかぁ! 楽しみだなー♪ 早く会ってみたいですヒョホホホホ〜〜
 「その笑い方なんとかせーや、ノビちゃん! …モグモグ」
 「折角の酢豚の味が落ちるぜ…パクパク」

 夜11時、コアラプロにとってはちょっと早い夜食タイム。今日の午前零時頃、今週は自分の仕事が入ったのでお休みの馬沢君に代わって新しい方が手伝いに来てくれる予定なので、今日は早めの夜食になりました。
 先生の伯母さんが作り置きしてくれる夕食のおかずは、本格中華。
 “食べるだけが楽しみ”のアシスタント達にとっては、楽しい時間です。

 ――ピ〜ンポ〜〜ン

 食後のコーヒータイムの最中、ドアフォンが鳴りました。
 「ハ〜〜イ! あれ…馬沢君?」
 「え? ……あれ、って…何?」


   …… コーヒーカップ画像Tea time


 「なんだ……思ったより早く原稿完成したから、休まずに済んだんだ。担当さんの連絡忘れかぁ」
 「みたいですね、どうしましょ?」
 「いいよ、いいよ。折角来てくれたんだから、仕事してってよ。それにさ、これから来る臨時のアシさん、すっごいベテランのすご腕だからさ、会っておいて損ないぜ」
 「じゃあ、お言葉に甘えます。へえ〜〜、そんなに巧い方なんですか? 楽しみだなぁ」

 結局馬沢君も仕事場に残り、コアラプロ、フルメンバーが揃ってしまいました。
 ――当時はたぶん一番頭数が多かった時期ではないでしようか……。
 ちょっとあらためて当時のメンバーをご紹介いたしましょう。

 No.1 ノビちゃん
チーフアシスタント。“言い張りグセ”のあるちょっと脳ビンボーな青年だが、可愛げのある誠実な人柄とたゆまぬ努力でプロ作家に。ブームになる以前から描き続けていた念願のサッカー漫画も連載する事ができた。現在も活躍中。コアラプロのムードメーカーだ。仕上げ担当。
 No.2 馬木君
“知る人ぞ知る”漫画家ピラミッドの頂点メンバーの一人にまで出世しているコアラプロ在籍者の出世頭。腕も良く、トークも楽しい優秀な方。在籍期間は短い。背景・人物担当。
 No.3 猪田さん
コアラプロのやんちゃ組。大阪人らしいくお笑い好きだがお酒ももっと好きな腕のいいベテランアシスタント。作家デビューはしているが今はアシスタント活動がメインである。人情ばなしが好きなのはひた隠しにしている。背景担当。
 No.4 ニャオ木ちゃん
ブタ島君とコンビのユニット漫画家。コアラプロただ一人のイケメンである。デビュー済で新作準備に少してまどっている。コアラプロで修業(?)後、○学館系で野球漫画等を連載。活躍中。野球チームも作って楽しむ事も忘れていない姿勢はみごと!背景・人物担当。
 No.5 ブタ島君
ニャオ木ちゃんの相棒作家であるが、コアラプロでは猪田さんの漫才の相方を務める事が多い。一応つっこみだが、反撃される事の方が多いのに理不尽を感じている。背景担当。
 No.6 ワニ下君
独特な作風のSF漫画作家。服装も黒い革ジャンに光り物をじゃらじゃら付けたハード系。しかし実はシャイな青年である。癖のある作風と遅筆のせいで第2作製作が進まない。コアラプロ卒業後はニャオ木ちゃん達のアシスタントとなる。背景担当。
 No.7 ブタ美さん
コアラプロの元紅一点。あまり実力がないので、仕上げのスピードとすき間仕事に存在価値を見いだしている(笑)。折角の女性なのだが「オババ」と呼ばれあまり女性扱いされていない。人物の髪と服の柄、点描、お花、仕上げ担当。

 ☆以下はカエル君とオタマ君が辞めた後の新メンバーです。

 No.8 トン太君
デビュー後第2作を執筆後、連載企画が決まるまで臨時に手伝いに来た。後にブタ美さんと結婚するハメになる超ラッキーマン!! 背景・人物・お笑いネタ担当。仕事場で「なんか面白い話して〜」と皆にねだられるので、面白い話の新ネタ考案が現在悩みである。
 No.9 米ボー
1人パース狂いの異名を持つやたら背のデカイ18歳。とにかくカッコよくcoolな作品を目指す受賞済作家の卵君。連載が決まってからはその画力が評価され熱烈なファンがつく。当サイトで公式ホームページにリンクもしてますので見てみてくださいね。酔っぱらうと(未成年だろ〜!)「お姉ーさんきれ〜〜」とすぐ知らない人についていってしまう年上好きの困ったヤツである。人物担当。
 No.10 つんさん
中華童子人形風の容貌のせいでいきなり猪田さんにつんさんと呼び名を決められてしまう。「なにそれ!なにそれ〜!!」が口癖になりつつある女の子。年齢からは想像もつかないソウルフルな深みのある作品を描く天才少女だ。どん欲に様々な経験を積んではいるが、とてもこの年齢では書けそうもないようなセリフをキャラに語らせてしまうので、前世のスキルで作品を描いているのではないかと噂されている不思議キャラ。珠玉作品をいくつか残している。人物担当。


 ――と、まあ現在コアラプロ先生を加え総勢11人。
 どう考えても、週間連載1本にこんなには要らない!!

 「神技」ゴットハンド様、来ても果たして仕事があるのか?
 どうなる?! コアラプロ!!!



 ――ピ〜ンポ〜〜ン

 食後のコーヒータイムの後のまったりタイムの最中、ドアフォンが鳴りました。え? そりゃ何の時間かって? 仕事に戻る踏ん切りがつかなくて、ボ〜〜〜っとしている時間のことです(笑)。最近とみにこの時間が長くなっているコアラプロ。だらけムードが蔓延中。

 「あ! いらっしゃいませ! お待ちしておりました〜!」
 今度こそ“ゴッドハンド・おおくまさん”のご来訪のようです。

 「え? ……あれ………何?」

 玄関にぞろぞろ総出で表れた“コアラ軍団”の頭数に、こんどはおおくまさんが目を丸くする番でした。


   …… ドリンク画像Tea time              topへもどる↑


 「えっと…あの〜、じゃあ僕入れて全員で12人居るわけですか……」
 「は〜〜い♪ そーでぇーす!」
 「あの、週刊誌の原稿ですよね?」
 「は〜〜い♪ そーでぇーす!」
 「あ、そ、そうですか……。で、全部で何ページあるんですか?」
 「今週は22ページですー♪」
 「――1人2枚弱?」
 「は〜〜い♪ そーですね!」

 「……………僕、来ても良かったんですか? なんか人手が余ってそうな気がすごくするんですけど……」
 「いえいえ、ちゃんと描いていただくトコありますから!」
 「は、はあ………」

 慣れとは恐ろしいものでコアラプロのほとんどのメンバー、能天気にも自分たちの妙さ加減への自覚がだいぶ薄くなってしまっているようで、にこやかにおおくまさんを部屋に招じ入れました。
 「じゃああの、おじゃまします……」
 おおくまさん、臨時の助っ人と言うより、すっかり“お客さん”扱いで席に着かされます。どうにも所在なさ気にがっちりした体を椅子に沈めるおおくまさんに、苦笑交じりに先生が話しかけました。

 「今回はオカルトっぽい話なんで、劇画調のしっかりした背景が欲しくてお呼びしたんです。スタッフ達に色々教えてやって下さい」
 「そうですか……。教えるなんておこがましいですが、僕で良かったら描かせていただきます」
 「お願いします」

 おおくまさんは、大手劇画系漫画プロダクションでずっと描いていたベテラン・プロアシスタントさんです。コアラプロのメンバーは皆18歳〜20歳代と若いですから、ひとまわり以上(干支の1周12歳以上の意)年上のおおくまさんはみんなから見るとずいぶん“大人”に感じられました。尊敬のまなざしでコーヒーを置くてもやけに丁寧なノビちゃんです。
 「じゃあとりあえず、ここに霧の中のお社を描いて頂けますか」
 「分かりました。なにか資料とかはありますか?」
 「すいません、あんまりピッタリなのが無いんですが……」
 資料掘り出し係のブタ美さんが、スッと他の作家さんの漫画の単行本を差し出します。

 おおっとぉ〜〜!!
 いきなり掟破りのパクリ技だぁ!(笑)

 ――それはイタイって、ブタ美さん!!

 今考えると冷や汗モノですが、当時はすっかり感覚がマヒしていたブタ美さん、にこやかに単行本を広げ手渡しました。
 無言でページを見るおおくまさん。
 「・・・・・・」
 にっこり微笑み、本を閉じブタ美さんに返します。
 「欲しい絵の雰囲気は分かりました。じゃあ今まで描いた事のある社の絵をアレンジして描きますね」
 「え……あ、はい」
 (……おおっ! さすがだね〜! 資料は頭に入ってるんだ!!)
 一流のプロはマナーも一流! パクリまがいはいたしません画像

 ――当然ですね。

 定規も使わず、さらさらと背景の“あたり”を描き入れるおおくまさんの作業をみんな興味津々に見つめます。
 「先生、こんな感じでよろしいですか?」
 「はい! 完璧です! ペン入れお願いします!」

 ――いよいよ「神技/ゴットハンド」のペン入れです!
 おおくまさんの下絵には「迷い線」は一切ありません。ですから下書きに時間もかかりませんし、ペン入れが終わった後の消しゴムかけも簡単です。
 なぜそんなことができるのかというと、完成イメージが描き出す前にしっかりできてているからです。
 作画作業で必要なのは、まず描き出す前に「完成イメージ」をしっかり頭に描く事。行き当たりばったりではいけません。完成イメージがしっかりできていれば、無駄なく合理的な手順で素早く綺麗に描く事ができます。
 おおくまさんはススッと定規で社の輪郭を描くと、後はフリーハンドでササッと「タッチ」を入れていきます。霧の中に佇む古い社がまたたくまに描き出されていきます。霧で隠れた「抜き」の部分が効果的な場所に配置され、水墨画のように芸術的な絵ができ上がりました。
 さすがゴットハンド!見事な技術です。

 「え〜と……先生、こんな感じでよろしいでしょうか?」
 「いやいやいや!もちろんOKです! ノビちゃん、消しゴムかけて〜」
 「あ、自分でかけますから……」
 「ハ〜イ♪どれどれ……オオ〜〜う、美しい!」
 「どれどれ! 見せろよ! ノビちゃん!!」
 「うわ〜〜、すっげーーー!!」

 ――自分でやりますとの言葉はだれの耳にも届いていません。
 おおくまさんは、きまり悪げに椅子に座り直しました。

 「消しゴムかけ終わりました。お願いします!」
 ノビちゃんがうやうやしくおおくまさんに原稿を戻します。
 おおくまさんはアミトーンを無駄なく必要な場所だけに貼り、カッターでトーンを削ってぼかします。

 「はい、完成です」
 「オオ〜〜は、早い!」
 さすがゴットハンド!見事な早業です。

 原稿はみんなに回され、あちこちで驚嘆の声があがりました。
 「先生、次の仕事おねがいします」
 「次? ――う〜んとね……もうないかな
 「え?!」
 「もうそんなに背景ないから」
 「ええっ?!」
 だったらなぜ呼んだ?! と言いたげにおおくまさんは頭を掻きます。
 「ご苦労様です! コーヒーでもどうぞ♪」
 「あ、オレも!」
 「じゃあ私も〜」
 「あ、あの……忙しいんじゃなかったんですか?」
 「アハハハハ、大丈夫大丈夫、まだ締め切りには余裕があるから! お茶でもしながら何か面白い裏話でも教えて下さいよ」
 「は、はあ………」

 皆は和室に移り、おおくまさん中心に車座になりました。
 ――オイオイ、仕事はどうした! コアラプロ!


   …… コーヒーカップ画像Tea time              topへもどる↑


 「おおくまさん☆☆先生(某大御所先生)のトコ長かったんですよね。どうでした?」
 「……どう、と言われても」
 「あの先生色々逸話があるやん♪ なんかオモロイ事件の話とかとか教えてぇな〜」
 「………ええと」
 みんな興味津々で、注目します。
 ――仕事以外の事には妙に情熱を燃やすコアラプロです。
 「う〜ん………別にたいして何もないです」
 全員がカクッとコケました。
 さすがゴットハンド!(ゴットハンドは関係ありませんね)口が堅い。

 いえ、冗談抜きでこれは大切な事です。
 やはりマスコミ関係の仕事ですし、編集者自体がゴシップ好きの方が多く(笑)有名な先生になるとある事ない事すぐ噂になりがち。ちょっと原作者と熱く意見のやり取りをすると「不仲説」が蔓延したりします。お友達ごっこで馴れ合っていてはいい物語など作れないのですから、ぶつかり合う事もあって当然なのに、少しばかり強く意見を言うと天狗になってるなど、あれこれ非難がましい噂が立つ漫画界。そのネタ元の多くはアシスタントさんや編集さんなのですから、困ったものです。
 ――先生の不利になるような余計な噂話はしない。
 これは優秀なアシスタントの必須条件ですね。

 しかしすっかり場の雰囲気は落ち込んでしまいました。
 おおくまさん、困り顔で、頭を掻いています。
 けれど………。

 「☆☆先生の作品といえば、あの話!……」
 気配りの人、トン太君が別の話題をサッと振りました。
 「読みましたがな、それ! 面白いです〜〜ヒョホホホホホ♪」
 ノビちゃんがその話題をうけ、話の流れが変わり、白けた座がまた盛り上がりはじめました。
 やはり、ムードメーカーは集団作業では絶対必要。
 使う側にとっては、ある意味絵が上手いと言う事より大切なのがアシスタントの「人柄」です。
 コミュニケーション能力が高く、和を保てる方が1人でもいると、先生や他のアシスタントの方のモチベーションがぐんと上がります。

 恐ろしいのが逆の場合です。
 自分が重要な人間だと証明するために、常にトラブルを生み出し、親切そうに相談にのるふりをして逆に事を大げさにする…そんな「演技性人格障害」まがいのアシスタントに人間関係をグチャグチャにされてしまった某ヒット作家がいらっしゃいます。
 その方はただでさえネームが遅いのに、人間不信になりアシスタントさんがほとんど使えなくなってしまい、作品を落とす(原稿が間に合わず本に載らない事)事が多くなってしまいました。
 ――作家生命は風前の灯です

 このような極端な例を上げるまでもなく、「人柄が良いアシスタント」は、頼りになるアシスタントの第一条件なのはご理解頂けると思います。
 人間関係、「和」が一番大切ですね。

 「それじゃどうも……あんまりお手伝いできなくて申し訳ありません」
 その日の朝、おおくまさんは恐縮しながら帰っていきました。
 ――まだ、原稿は仕上がっていません。
 ゴットハンドの腕をもってしてもこの始末……。
 コアラプロ…恐るべし!
 どんだけのんびりしてるんだっっ!!

   ≪今回の教訓≫ 頼りになるアシスタントの第一条件は人間性だ
                 ―― つづく ――


      画像次回は気分を変えてちょっと雑談を書きますね♪お楽しみに!


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