|
前項より引き続き「漫画家」につきものの「アシスタント」さんのエピソードを紹介します。
なにかと微妙なネタですので、色々な先生の所のアシスタントさんのエピソードを、「コアラ先生と、その友人のアシスタントのエピソード」として今回まとめて紹介することに致しました。従って実際は、これから書くお話しすべてが「コアラ先生」の所で立て続けに起きたわけではありません。 ――もしそうだったら大変すぎちゃいます(笑)。 ![]() 漫画の作画は共同作業。 もちろん一人で全部描いていらっしゃる先生もたくさんいらっしゃいますが、週間連載ともなるとなかなか一人で描くのは大変で、ほとんどの先生はアシスタントさんに手伝っていただいて作品を仕上げることになります。 弓月師匠のプロダクションのように一晩で終わるなら、面倒ごとは起こりにくいのですが……。 ――仕事が2、3日〜さらに数日間続く場合。 何人ものスタッフが、狭い部屋で何日も顔をつきあわせて外にも出られず缶詰め状態になっているわけですから、まあ、普通の状態ではだんだんなくなってくるわけで……色々トラブルが発生してしまうののも無理からぬところではありますが。 2.困ったアシスタントベスト3 ―― No.2言い張るアシスタント ―― それはもう20年近く(注.サバ読んでます 博物館学芸員の資格はとったものの、この学芸員という仕事、新卒ではまったく採用先が望めないので、分かっていたこととはいえブタ美さんは困り果てていました。ところが……そこに思わぬ救いの神が現われました。 漫画研究会の元部長さんがプロ作家になっていて、アシスタントとして雇っていいよーと、お誘いして下さったのです。 好きな事をしてお金がいただけるなら超幸せな事。 そこでブタ美さん、ずうずうしくもろくに絵も描けないのに、大喜でウキウキとお言葉に甘えて先輩の「コアラ先生」のプロダクションのお世話になることに決めてしまいました。 当時は「ラブコメ」が全盛期。 コアラ先生も在学中にラブコメを投稿し受賞、続いてデビュー。あれよという間に新連載が決まり、時流に乗ってけっこうな人気をとるまでになっていました。 進んで部長をやったりするだけあって世話好きな先生は、何かにつけて後輩や友人を仕事場に呼んでいました。おまけに部活のノリでアシスタントを採用したので、プロダクションは大所帯。常時10人ちかいアシスタントを連れて歩いているので「コアラ軍団」と呼ばれ編集部でも有名になっていました。 けれど人数は揃っていても、メンバーはブタ美さんのような素人がほとんどで、役に立つのはプロアシスタントさん・連載待ちの作家さんの数名だけ。思えば本当にご迷惑のかけ通しだった気がします。 しかし、いくら売れているとはいえ、こんな大所帯を抱えてもやっていけたのですから、当時は出版不況の今とは違い漫画業界も本当に好景気だったんですね。 ━━ 某年12月・深夜 ━━ コアラ先生の所でお世話になって一年以上たち、ブタ美さんも下手なりになんとか少しは仕事ができるようになっていました。 奇遇ではありますが、コアラプロダクションも高田の馬場のとあるマンションにありました。 ――その夜も仕事場はすし詰め状態。 週刊誌で連載中の作品を、例によって大所帯の「コアラ軍団」が総掛かりで手伝っています。 みんなでワイワイ、ガヤガヤと雑談しながらも、作画作業はサクサク進んで……は、いませんでした。 テレビに集中してまったく手が止まっていたり、1コマを丸一日かけて描いていたり……仕上げ要員の見習いはペンの練習をしているし……。 緊張感はまったくありません。 ここではほぼ5、6日かけて連載1回分を仕上げます。 10人近いスタッフでそれだけ時間をかけるのですから、一日の仕事量はとても少なくて済むので、みんなこんなにのんびりしていられるのです。 しかもコアラ先生はネームで停滞してしまうことがなく、すでに1ヶ月以上先行して原稿を仕上げています。 それも余裕の一因でした。 ――先生によって仕事の仕方は本当に様々です。 「あれ、先生。赤信号って右左どっちやったっけ?」 深夜12時をまわった頃、プロアシスタントの猪田さんがいきなり言い出しました。 「え、その下書き間違ってた?」 先生驚いて顔をあげます。 「いやー、よー分からんケド…。なー、ノビちゃーん、どっち? 教ぇてーなぁ」 「え、ボ、ボクがですかぁ?」 ノビちゃんは新人アシスタント。プロ志望ですがなかなかデビュー作のネームが通らず、コアラ先生所で修業をはじめたばかりです。 某漫画のキャラにそっくりなので、すぐに“ノビちゃん”とあだ名がつきました。高校を卒業したばかりの最年少の若手ですが、人一倍やる気に溢れていました。けれど……。 「赤信号は………左ですね!」 「え〜、そうだったっけ?」 「はい! 間違いないです! ボク、バイクで通ってますから、絶対間違いありません! 下書き違ってますね」 ――はい、大間違い。赤は(向かって)右です。 ……やる気はたっぷりなのですが、残念ながらノビちゃん、ちょっと困った「言い張るアシスタント」だったのです。 topへもどる↑ 手を後ろに組んで伸びをしながら、猪田さん、キラリンと目を輝かせます。 どうやら、暇を持て余して(オイ!)なにか楽しむネタを探していたもよう。ノビちゃんの反応に、大阪人魂が燃え出したようです。 (このネタいじり倒す!!) 瞳に決意が宿っています。 「絶対間違いありません!」 は、ノビちゃんの口癖。 これが出ると、いくら妙な主張でも、彼は一歩も譲りません。 「ブタ美さーん、資料調べてくれる」 「ヘイヘイ♪ うーんダメだこりゃ! 百科事典、信号の写真白黒だよ〜」 ――当時はまだ、ネットが一般的になっていませんでしたから、資料調べも大変です。 「他の人の漫画にも……どっちが赤か分かるのみつかりませ〜ん」 「じゃあオレ、ノビちゃん信じて左に直して描いちゃうからー。責☆任とってぇな〜♪ 間違ってても知らんよー」 「大丈夫です! 間違いありません!」 「コラコラコラコラ! ちょっと待て〜!! ノビちゃーん、間違えてたら、けっこう恥ずかしいよこれ! 確かなのホントに……オレなーんか右だった気がすごくするんだけど」 「大丈夫です! 絶対間違いありません!」 「ノビちゃん車乗ってないでしょ…」 「バイクで通ってますから!」 「今日で2回目だけどね……」 「のびちゃ〜ん、違ってたらどーしてくれるん?」 「間違ってませんから!」 「じゃあ、賭ける? これから調べに行ってぇー、もしノビちゃんが間違ってたら、ノビちゃんのおごりでこれから宴会(オイ!)や〜♪」 「えー! ヒョホホホホ〜勘弁して下さいよ〜」 ――この「ヒョホホホホ〜勘弁して下さいよ〜」も、ノビちゃんの口癖の1つです。 「なんでや? 『絶対間違いありません!』のやろ〜」 ノビちゃんの口まねをしてからかう猪田さん。 「そ、そうですよ! 絶対間違いありません!」 「じゃあかめへんやろ? 賭け決定な!」 ――ノビちゃんが正しかったらオレが奢る……とは、猪田さんが言っていないのに気付いていないノビちゃん。 お〜〜い! 賭けになってないよー(笑) 「あ! いいっスね、それ!」 「賛成〜」 ブタ島君とニャオ木君がノッてきました。 この2人は同級生コンビの漫画家さん。すでにデビュー済で、連載を狙っています。 2人とも画力があり仕事も速く、猪田さんと合わせてこの3人がコアラプロの三本柱です。 ……て言うか、他でもまともにアシスタントとして通用する実力のあるのは、この3人だけだったわけで……大事なスタッフなのですが、三人とも楽しいことに飢えていて、なにかとノビちゃんをからかって遊んでいました。 「よっしゃあー! 宴会決定!」 ニャオ木君、早くもペンを投げ出しました。 ――ホントろくでもない不真面目アシスタント達です。 「じゃあ、ノビちゃんポラロイド持って証拠写真撮ってきてね」 あ……先生までインクツボの蓋を閉めはじめています。 「え〜、ボクだけで行くんですかぁ〜。猪田さーん、いっしよに行って下さいよー」 「寒いもん、いやや〜! 一人で行ってきてぇな」 「じゃあ、ワニ下さーん一緒に行きましょうよー」 ワニ下君はノビちゃんと同じく、受賞第二作を準備中の、独特な作風のSF等を描く漫画家の卵さん。絵にクセはありますが、それよりも描くのが遅いのがいろいろネックになっていて、ただ今修業中。 「ヤだ! 寒い!」 ハードなファションセンスな割りに、軟弱なのがちょっとカワイイワニ下君、寒いのがとっても苦手なのでノビちゃんに付きあってくれそうもありません。 「一人で行ってきなー」 「行ってらっしゃーい」 クールなカエル君と、その信奉者オタマ君が冷ややかにとどめを刺します。 カエル君は耽美な絵柄のフリーター。 丁寧な仕事をするので、時々手伝いに呼ばれて来ます。 オタマ君はカエル君の紹介でコアラプロに入った新人君です。仕事はまだほとんどできませんが、コアラプロにはめずらしい知性派で、コアラ先生彼にはいろいろ期待している様子。1番の新米ですが、ノビちゃんの方が年下で腰が低いせいか、先輩の割りにノびちゃんオタマ君にはなにも命令できないのです。 ――こりゃ一人で行くしかないな……。 諦めたノビちゃん、よれよれの仕事着のジャージの上にジャケットを羽織り、ポラロイドカメラ片手に震えながらマンションの外へと向かいます。 「忘れずに自動販売機でビール全員分買って来てぇなー!」 「買ってきませんよ! 間違ってませんから!」 ――まだ言い張っているノビちゃんですが、心なしか声に張りはありません。 ピンポ〜ン♪ 「あ、ヒゲさーん! ご苦労様〜。あれ、だれかお客様?」 担当のヒゲさんが陣中見舞いにやってきました。 締切りの心配はまったくありませんが、コアラ先生は人気top常連の売れっ子です。担当さん用はなくても、こまめに差し入れを持って仕事場に足を運んでくれます。 普通の作家さんでは、こうたびたび差し入れには来てもらえません。 ――編集部はシビアです。 「あ、先生、少女漫画家のヒヒ沢先生です。編集部でお会いしたんですが、いっしょにここに遊びに来たいっておっしゃるのでお連れしました」 「あ、どーもはじめまして!」 …… 「えー、それで寒いのに写真撮りに行ったんですか、彼! アハハハ、偶然! ウチでもこの間似たような事あって大変だったんですよー」 「え? 何かあったんですか?」 ヒヒ沢先生の眼鏡の下の眉が、きゅっとひそめられました。 「ガードレールのね、支柱が内側にあるかか外側にあるかでもめちゃったんだけど、1番新人の女の子が、絶対外側だって言い張って譲らなくて……しまいに泣き出しちゃって」 「それは明らかに内側…ですよね?」 「うん、でもね、その子編集さんから預かった新人さんで……おまけにお母様から宜しくお願いします!!って頼まれちゃってる子でねー」 「親御さんからか……そりゃプレッシャーですねー」 「で、みんなで見に出たんだけど……やっぱり内側で、それ見てその子大泣き始めて……」 「わー……そりゃ大変だ。まったく中身子供ですねー」 「そーなの! で、その子泣きながらどっか行っちゃって、大騒ぎ!」 「うわー! 怖いな〜、そーゆータイプ!」 「なんでも家出や不登校繰り返してた子らしくて、それがたまさか新人賞獲っちゃったんで、親の方が大喜びで入れ込んでてねー。もう仕事になんなかったばかりか苦情まで言われちゃって……むちゃくちゃよ!」 「災難でしたね……」 ――“言い張る”は、子供の特性。 言い張るアシスタントとは、大人になれない「モラトリアム」君なのです。 この時はヒヒ沢先生の災難に心から同情しているコアラ先生でしたが、先生が“言い張るアシスタント”の、真の恐ろしさを知るのはこのすぐ後の事でした。 「それにしてもさー、先生」 「ん? なーに、ブタ美さん」 「ノビちゃん帰ってこないよー」 「ゲ!!……うそ〜?!」 topへもどる↑ 「もうけっこうな時間たってるぜ……」 「どないしたんや、ノビちゃ〜ん。……まさかノビちゃんも家出?」 言い出しっぺの猪田さん、さすがにちょっと心配そう。 「宴会用のビールどないするんや」 ――酒の心配かいっっ! RRRRR・・・ そのとき、いきなり電話が入ります。 「はい、コアラプロです……え?!」 「どうしたのブタ美さん!」 「せ、先生! 警察です…だって……」 「なんだってーー!!」 「はい、お電話変わりました、はい! こちら確かにマンガのプロダクションです。はい、間違いありません、ウチのスタッフです。ええ……資料写真を撮ってもらうのにカメラ持たせました。ええ……ああすみませんでした。はい、迎えに行きますので……」 どうやらノビちゃん、パトロール中のお巡りさんに不審者に間違えられ連行されてしまったらしいのです。 まあ確かに…… 夜の夜中にボロボロの黒いジャージに汚れたジャケットを着てカメラ片手にウロウロ歩きまわっていれば…… ――そりゃ怪しすぎ…捕まります! 先生、電話を置くと、がっくり膝を付き屈みこみました。 大事なスタッフにうかつな行動をとらせ、連行させてしまった責任の重さに打ちひしがれたのでしょうか。 肩が震えています。 「クッ…ククク……ぶぁーっはハハハハハハハ…」 ――笑ってんのかいぃぃ!! 「先生〜、笑っちゃかわいそうですよー。そんな場合じゃないでしょ」 ヒゲさん、さすがにツッコミ入れます。 「い、いやさー、電話口の向こうからノビちゃんの声が聴こえてさー『ヒョホホホホ〜勘弁してくださいよぉぉぉ〜〜っ』て、いつもの声で…」 「……ぷぷっ」 ブタ美さん、思わずウケて吹き出してしまいました。 そのまま仕事場は爆笑の渦。 ひっでー仕事仲間です。 「え〜と…ニャオ木ちゃん、悪いけど免許証と印鑑もって迎えに行ってくれる?」 「――はい」 先生、ひとしきり考え、スタッフ中ただ一人のイケメン君のニャオ木君を指名しました。 正しい選択でしょう。 他のスタッフだと、逆にいっしょに捕まって、帰ってこれない恐れがあります。 「ついでにビール買ってきてぇな!」 「あー、オレが奢るからさ、じゃ、頼むねニャオ木ちゃん!」 ここはさすがに先生の奢りになりました。 「ホントにも〜勘弁してくださいよ〜〜ヒョホホホホ〜、猪田さんのおかげでエライ目にあいましたがな〜〜」 「変な大阪弁やめてぇな! ノビちゃん!」 ノビちゃんが帰ってくると仕事場はすぐに宴会場と化しました。 「コアラプロ」はいつもこんな感じ。弓月プロのようなプロ集団ではなくて、先生の私設サークルみたいな感じのプロダクションでした。 コアラ先生はときわ荘みたいな雰囲気に憧れていたふしがありました。ハンバ者を面倒見てくれるところは 試衛館 かな? あまり使えないスタッフもプロダクションに入れてくれたのもそのせいでしょう。 1日の仕事の後はこんな雑談タイムになるのが常でした。みんなでマンガの話やその他の話題で昼近くまで盛り上がる事もしばしば。 いい思い出です。 ――甘え過ぎていてみんなでずいぶんご迷惑かけちゃいましたけれど……。 この日は少々盛り上がりすぎ、全員ちょっと飲み過ぎていました。 未成年のノビちゃんは、お茶だけでしたが……。シラフで一癖も二癖もあるスタッフと渡り合っているのですから、実はノビちゃんなかなかどうして大したヤツです。 「コアラさん、そりゃちょっと違うんじゃありません?」 ボルテージが上がりすぎ、雑談が論議になりつつありました。 クールなカエル君の声が1オクターブ高くなっています。 「ふん、と言うと…どういうのがエンターティメントだと?」 議論好きのコアラ先生、嬉しそうに受けて立ちます。 「そういう事じゃありませんよ! ボクもそういうのはおかしいと思います!!」 当のカエル君ではなく、その信奉者オタマ君がいきなり沸騰しはじめました。 ありゃりゃ……これまたヤバ気な雰囲気です……。 topへもどる↑ 議論の発端は当時大人気の「ラブコメ」でした。 流行りモノの例に漏れず、ラブコメマンガは雨後の筍のようにあちこちで連載され、トップ人気の作品の二番煎じ三番煎じが雑誌に溢れ返っていました。冷笑家のカエル君がその状況を辛辣に批判したのを受け、ラブコメ作家・コアラ先生が切り返します。 「オレはさ、『フーテンの寅さん』や『水戸黄門』シリーズみたいな作品がエンターティメントのお手本だと思ってる。“マンネリ”と言うけど、予定調和のカタルシスがちゃんとある。ラブコメもそうだよ。マネして描いているんじゃなくて、ストーリーの黄金律にはめ込んでいるんだ。ディープな嗜好を読者に押し付けたって人気はとれないよ」 カエル君は耽美系のちょっと倒錯的な話を描く人でしたから、この切り返しにはさすがに熱くなってしまったのです。 しかし、それ以上にいきり立ってしまったのがオタマ君でした。 オタマ君はカエル君の後輩で、1ヶ月ばかり前に入ったばかりの1番の新人です。コアラプロには珍しい(笑)文学系の知性派。 学力と真面目さを評価されコアラプロに正式採用されました。コアラ先生、ストーリーの相談役兼、将来的にマネージャーなってもらいたい様子でずいぶん期待して育てていました。 でも残念ながら…オタマ君はカエル君に心酔中。コアラ先生との感覚のズレがだんだん目立つようになってきていました。斜(ハス)に構えたカエル君の皮肉なモノ言いに影響され、口調もなんだか小憎ら系に……。 「フッ…売れればいいんですかぁ先生は! 読者に媚びないテーマー性のある作品は描けないんですか! 人気なんかなくたってかまわないじゃないですか!」 ――あ〜あ、宴会気分の盛り上がりが一気に氷点下へ……。 いきなり、何を言い張り出すんだ、オタマ君! ここは、マンガサークルじゃなくて、 一応(笑)プロの仕事場ですよ〜〜! いつもなにか“のへ〜っ”としているコアラ先生の表情も、さすがにキッと厳しくなります。 「読者は楽しみたくて本買ってるんだぜ」 シンとしてしまった室内に、ドタンという音がいきなり響きます。 猪田さんがちゃぶ台に突っ伏した音です。 「つまらんがな〜〜、こんなーん!」 「猪田さん、ダメですよコップ倒しちゃー」 「ノビちゃーん、なんか面白い事して〜〜」 「はぁ? なんですかそりゃ……うわっ!」 猪田さん、いきなりノビちゃんに襲いかかり、スリーパーホールドの体制へ。 そしてそこへすかさずブタ島くんの手が伸び、脇腹へくすぐり攻撃。 「ヒョーホホホホホホ、何するんですかぁ! ブタ島さん…勘弁してくださいよ〜〜ヒョホホホホ〜」 ニャオ木君、ワニ下君も参戦します。 「うわ〜やめてー! ヒョーホホホホホホ」 ノビちゃん、ほんとに役に立つキャラです。場の雰囲気はいつのまにかリセットされ、皆それぞれ寝に帰る事になりました。先生、ワニ下君、猪田さん、ノビちゃんは仕事場に泊まりです。 …… 夕方、仕事が再開されました。 皆、また普段通りに……… ――いえ、オタマ君だけは、なにか堅い表情です。 ピンポ〜ン♪ 「あ、ムッキー君ご苦労様〜」 バイトのあるカエル君と交代で、若手ですが腕のいいプロアシスタントのムッキー君がやって来ました。 ムッキー君は、自分のマンガは描かず、腕を買われてあちこちでアシスタントをしているちょっと無頼な青年です。以前は某・超有名大先生の大きなマンガプロダクションで働いていました。 「まあ、コーヒーでもどーぞ」 「サンキュー、おっ砂糖無しミルク入り…覚えててくれたのね〜嬉しいねぇ。ねーブタ美さん、○○先生のサイン入りイラストパネル欲しくない?」 「えー! あの大先生の! あー昔大好きだったんだ〜! 欲しいです!」 「じや、商談成立? 3万円にまけとくね♪」 「…売りつけるンかい!」 「買ってよ〜、念もたっぷり入ってるよー」 ムッキー君、パネル入りのイラストを廊下から持ち出してきました。確かにそれは○○先生直筆のカラーイラストの原画、サインも入ってますが……。 「ムッキー様江って書いてあるじゃん! いらないよこんなの! それに“念”って……何?!」 「それがさあ、とんでもない目に遭っちゃったよ、オレ○○先生のトコで……聞いてくれる?」 今朝のごたごたでちょっとシラッとしていた仕事場の雰囲気が、急に活気づきました。みんなトンデモ裏話は大好きです。 ムスッとしていたオタマ君も、顔を上げ興味あり気。 なにせ話題が話題……。 ○○先生は以前一世を風靡した大少女漫画家さんです。けれどここ数年ストーリーがあらぬ方向へ向くようになり、色々取りざたされていたのです。みんな噂の1つぐらいは耳にしています。 ムッキー君、その先生のところで、いったいなにを体験したのでしょう? 話し好きのムッキー君、注目されてにやりと嬉しげに微笑みます。 ――どうでもいいけどコアラプロ、いったいいつになったら仕事にエンジンがかかるのか……? topへもどる↑ ムッキー君、もったいぶってコーヒーを1口すすり、ゆっくりみんなを見回します。 みんなかたずを呑んで、ムッキー君が話しはじめるのを待ちました。 「……………………」 「早よ話さんかいな!」 ――ポコン! 猪田さんがしびれを切らし、丸めた原稿用紙で(コラ!)ムッキー君の頭をはたきました。 相手がゲストさんでも、ツッコミはしっかり入れるのが大阪人魂。 「あははは、キツイな猪田さん」 ムッキー君頭を撫でながら、やっと話しはじめました。 「コアラプロの皆さんも、最近の○○先生の噂ぐらいは聞いてると思うけどサ…」 「こっち系に走ったって噂ですけど――」 ブタ島君が手をすり合わせて、拝むマネをしながら話を受けます。 「やっぱ聞いてる? その噂さ、モロ当たり!!」 「なんか連載中からそんな感じになってったモンなー」 コアラ先生ため息をつきながら、腕を組みます。 「オレ、ファンだったんだよな…」 ムッキー君、真面目な表情で話を続けます。 「ついこないだ、知り合いの編集さんに頼まれて、○○先生の臨時のアシに入ったんだけどね…」 「ふむふむ」 みんなも、仕事中は見せないような真剣な表情で、話に聞き入ります。 「――いろいろ噂聞いてたから、ちょっとドキドキしながら仕事場に行ったんだけど、最初は拍子抜けしたわけ。先生は普通にトレーナー着て出てきたし、他のアシさんもごく普通の感じでさ」 「ふーん」 「だけど深夜になってきて、追い込み時間になってくると、だんだん精神世界の話なんかになってきちゃってさ……」 「おおー!」 「いろいろ説教されて、ちょっとなんだかなーって雰囲気だったけどさ、一応ハイハイって話聞いといたわけ」 「そりゃ、そうするしかないですよねー」 「そしたらさー、なんか誤解されて、オレいつの間にか信者扱いになっちゃったみたいで……」 「分かった!」 まだ全然話の途中なのに、いきなりノビちゃんが膝を叩いて立ち上がりました。 「ツボを売られたんですね! ヒョホホホ〜♪」 「いや、ツボは売りつけられてないから……」 「分かった! なんかの霊水ですね! ヒョホーー!」 「いや、霊水も売りつけられてないから……。人の話はちゃんと聞こうね、君……」 ――ノビちゃん………。 咳払いをし、気を取り直してムッキー君、話を続けます。 「――た〜っぷり説法をきかされて、疲れ果てた頃やっと原稿終わってね、あーこれで帰れる! と、思いつつ……じゃあ、アシスタント料お願いします……って持ちかけたんだ。そしたらさ……」 「ど、どうしたんです?」 「しばらくお待ち下さいね――って、先生アシさん共々奥に引っ込んじゃって……戻ってきたら 巫女さん姿 に大変身!」 「キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!」 ――みんなして、何を喜んでいるんだか……。 「では、あなたの事をご祈祷致します……って、奥の部屋に連れていかれて、障子を開けたら…… そこには祭壇がドーンと鎮座ましましてた ――ってわけ!」 「ウゲ〜〜〜ッ!!」 「疲っかれてるのにさー、正座させられて、思いっきり拝まれて、それはそれは力強い表情で間近で 念 を入れていただいて……」 「それは……」 「そりゃもー、怖かったよ………」 「――大変だったね」 「災難なのはさ、これからなんだ……」 「え?!」 「ご祈祷が終わって、やっと開放されたから、後はアシスタント料もらって帰るだけだ……て、思って待ってたら」 「――どうしたの?」 「祭壇の裏から、やっぱり巫女さん姿のアシスタントさんが何か捧げ持って出できたわけ。何かなと見てみたら、このイラストだったわけ」 「まさか……」 「そのまさかだよ。オレが、あのアシ料は……って訊いたら先生、いきなりイラストに かーっ!! …って、念いれてから、筆でズババッとサイン入れて…… にっこり笑って イラスト渡してくれたわけ。たっぷり念を入れておきましたからね♪…って」 みんなは思わす、壁に立て掛けてあるイラストに目をやりました。 「これ……アシスタント料?」 「そうらしい」 「………困るよね」 「ウン」 「文句言わなかったんですか?」 「言えねーよ、怖くて!」 「そりゃそうですよね……」 「紹介した編集さんは?」 「ははは、まいったねー♪…って笑ってた」 「――確信犯だな」 ――ムッキー君、確かに災難でした。 「でさ、助けると思ってだれかこのイラスト買わない? オレのアシ料と同額でいいからさ」 「いっりませ〜〜ん♪」 ――みんな薄情です(笑)。 topへもどる↑ ━━ 翌日 ━━ 結局そのあと昨夜は、「ムッキー君お気の毒でした」の宴会になってしまいました。翌日の仕事は夕方から開始という事になり作業は中止。ホントに仕事しないプロダクションです。
ブタ美さんは途中でアパートに帰りましたが、皆はお昼近くまで飲み続けていたようです。お風呂に入りひと眠りしたブタ美さんが、コアラプロに戻ってきた時は、まだみんな爆睡中・・・いえ、オタマ君だけはもう起きて、ひどく不機嫌な様子で机に向かっていました。 「おっはよー(夕方ですが)オタマ君」 「………」 (ありゃま、激・不機嫌だね。夜またなんかモメたのかな………) スタッフが仕事場に入ったら、先生を起こしに行くのは新米君の仕事なのですが…オタマ君席を立つ気配はありません。 (しょーがないねぇ、も〜! 起こしに行くか…ヤなんだよね〜、むさい男がザコ寝してるとこ行くの……) (うら若き乙女だよ、一応あたしゃ……) グワシッ・・バシュン!! ブタ美さん、少々建て付けの悪い和室のふすまをひっつかみ、勢い良く一気に引き開けます。 ふすまは小気味よい音を立てて、壁に激突しました。 「ほらみんな! さっさと起きる! 何時だと思ってんの!!!」 「うえ゛ーーーい」 「もう起きる時間〜〜ねむいぃ〜〜」 「ヒョホ〜〜、まぶしいですぅ〜〜」 「――なんやオババかいな! 覗かんとき! えっち」 「やかましいっ!! そうなのです。 ブタ美さん、花の20代なのに、なぜか仕事場では「オババ」とあだ名をつけられていました。 まったく失礼な話です。 オタマ君が動こうとしないので、ノビちゃんとブタ美さんが2人で皆にモーニング(夕方だけどね)コーヒーを淹れることにしました。 これも新人の仕事なのですが……。 「ちょっと、ノビちゃん…なんかあったの? オタマ君口もきかないんだけど……」 ブタ美さん、台所でひそひそノビちゃんに話しかけます。 「ええ、またちょっと先生とケンカしました」 「あー、やっぱ? まったくもー気詰まりじゃん、これじゃ!」 「ですよねー、すいませんブタ美さん」 ――自分のせいでもないのに、謝るノビちゃん。 以外と気遣いのできるコです。 彼がプロになった後、色々まわりに引き立ててもらえて、ずっと仕事を廻してもらえるのは、こんな可愛げのある人間性のおかげでもあるのでしょう。 ノビちゃんはオタマ君のコーヒーカップをそっと机に置きました。でもオタマ君はなにも言いません。 ひたすら原稿用紙に定規で線を引き続けています。 えー、ちょっと解説いたします。 オタマ君のやってる線引き・・・ ――これは漬けペンの練習です。 「ペンで定規線を引く」 単純に見えて、やってみると意外とこれが難しいんです。 インクが定規の下に染み込んで滲んじゃうし、ペン入れの角度を飲み込むまでは、すぐ線が切れたりかすれたりしがち。くっきりキレイに線を引けるようになるまではけっこう練習しなくてはいけません。 ですからコアラプロの新人は、背景を画かせてもらう前に、まず線の練習をたっぷりやらされるのです。
☆ペン慣れするための練習法☆
原稿用紙(縦置き)に長い定規をあて、2ミリ程 の等間隔で、ひたすら何本も端まで線を引きます。 線がかすれたり切れたりしなくなるまでとにかく 練習!(最近はあんまり漬けペンしないかな) 「やらされる」と、言ってもお金をいただいて、その時間内で練習をやらせていただけるのですから、これはホントは逆に感謝しなくてはいけない事ではあるのですが・・・。 それを知ってか知らずか…オタマ君は、親にしかられた子供が「勉強すれば文句ないンだろ!」とふてくされているみたいに、下を向いてずっと線を引き続けていました。 「オタマさんずいぶん線、キレイになりましたね」 後輩ではありますが、年上のオタマ君に気を使い、ノビちゃん敬語でオタマ君に話しかけます。 「じゃあ、次の練習やりましょうか」 ノビちゃんはオタマ君の教育係でもあるのです。 「今度はね、最後をこう…シュッと抜いて…集中線みたいにする。この練習やってみて下さい」 「集中線ね、分かった」 本日初めて、やっとオタマ君が口をききました。 みんな少しホッとします。
☆効果線の練習法☆
原稿用紙(縦置き)に長い定規をあて、2ミリ程 の等間隔で、ひたすら何本も端まで線を引きます。 ただし今回は、線の最後を尖らせるためシュッと 勢いをつけて“ぬく”練習が加わります。 線がかすれたり切れたりしなくなり、先端がとが りきれいに抜けるまでとにかく練習!(笑) 「ちわース、朝はごちそうさまでした〜」 「遅くなりました」 ムッキー君と、カエル君も仕事場入りし、全員揃ったので夕食に出前を頼む事にしました。 総勢10名、「何食べる?」だけでまた時間がかかります。 結局そば屋から出前をとる事になりました。 先生より安いものを・・・などと遠慮する人はだれもいません。容赦なくみんなてんでに好きなものを注文します。 缶詰め状態で仕事をしているので、みんな食べるだけが楽しみ…まあ、飲んだりもしてますが(笑)なのです。 食事も終わり、やっとみんな席に着きました。 仕事開始です。 「じゃあ、ネームできたとこコマ割ってくれる?」 先生のネームを1番奥の席のオタマ君に廻します。 「じゃ、頼むね」 ノビちゃんがネーム用紙をオタマ君に渡そうとしました。 「………」 「――オタマ君?」 オタマ君はネーム用紙を受け取りません。 「オタマ君、コマ割ってくれる?」 「イヤです!」 コラコラ、オタマ君! いったい何を言い出すんだ? コアラプロ、本日はまだ、何の仕事もしていません・・・。 topへもどる↑ 「……悪いけどブタ美さん、代わりにコマ割り頼む。ノビちゃん、悪いけどコーヒー淹れてくれ」 「え? あ…ハ、ハイ。じゃあすみません、ブタ美さんお願いします……」 ブタ美さん、ドキドキしながらノビちゃんからネーム用紙を受け取り、机に向かいます。 オタマ君は口もききません。 びっくりしたのは、カエル君もいっしょでした。 「おい! オタマ、何だか知らないが、その態度は良くないぞ!」 「だ、だってカエルさん! 昨日は居なかったから知らないと思うけど……」 信奉するカエル君の声かけには、やっと反応したオタマ君、下を向いたままではありますが、ポツリポツリと話しはじめました。 隣の「禁煙室」の仕事部屋から、猪田さんとブタ島くんが掛け合い漫才のような会話をしながら笑い転げる声が聞こえてきます。 ――仕事せんかいっっっ! 「コアラさんはいっつも、他の作家の作品読んでからネーム描くじゃないですか! そんなのパクリと一緒じゃないですか! そんなネームはマンガにしたくないんです! ボク…」 「おい……オレがいつパクッたよ。人の漫画そのまんま描いた事なんかないぜ!」 (ひえ〜〜〜、なんてこと言ってンだよ! この子は) ブタ美さんはもう仕事どころではありません。 はらはらしながら、両者の顔を交互に見るだけです。 カエル君も思わず絶句している様子。 ――確かにフォローできませんね、この発言は……。 「昨日もそう言ってごまかしてましたよね!」 「オタマ……いいかげんに…」 「カエルさん! そんなのがエンターティメントだと言えます?! みんなが似たようなの描いて!! 違うでしょ、ね、カエルさんもそう言ってましたよね!」 「……それは」 「もう一度言っとくがな、オレは他の作品をそのまま写すためにネームの前に読んでるんじゃないぜ」 「だったらなんなんですよ!」 (うわ〜〜、オタマ君、声裏返っちゃったよ……あらら) 「……次に描く作品と同系統の作品を読んで、受けている要素を分析しているだけだ」 そう、コアラ先生は漫研時代から統計や分析が大好きで、資料をそろえまくって書いた作品のレビューをよく披露してくれていました。 プロになってからは、その分析力を作品製作に使っているのです。 「だからぁ、それがパクリでしょ!! 真の一流のエンターティメント作品っていうのは、絵も内容もオリジナルティーのある作品じゃなきゃならないんだ!!」 「オレは自分が一流だとは思ってないよ」 苦笑しながらコアラ先生、ノビちゃんの淹れたコーヒーをひとすすりします。 「確かに一流の作家は自分で作風を作り出し、時代をリードしていくモンだ。オレにはそういう作品は描けない。でも自分なりの特色を生かしながら描くって姿勢は忘れないようにしているつもりだぜ。たとえばラブコメにフーテンの寅さんみたいな人情話の要素を加えたり……」 「人の作品をツギハギしてるだけでしょ!!」 「それにな、オリジナルティーはあまりなくても、読み手が十分楽しめる作品にしているつもりだよ。アンケートの結果を見ても分かるだろ」 「またアンケートですかっ! 人気とれればいいんですか! 読者が喜べばいいんですかっ!」 「ああ、人を楽しませたいから描いてる。悪いか?」 「開き直らないで下さい! 昨日と同じじゃないですか! あなたの言うことは!!」 「――思った通りに言ってるだけだが……」 「とにかく間違ってます! 納得できませんっっっ!!!」 オタマ君の言い張りはまだまだ続きます。 「なんや? どないしたん?」 さすがに異変に気付き、猪田さん達が様子をみにきました。 「猪田さん〜、オタマさん……ストライキです」 すがるような表情で、ノビちゃん猪田さんに訴えました。 topへもどる↑ 「ストライキ?」 「ええ、オタマ君仕事しないんです……それでコアラ先生……」 「あ〜〜、あかん! オレ達もまだ今日1コマも描いてへんわ〜!」 「猪田さん……」 「す、すんまへん、仕事しま〜す! さあブタ島君、ニャオ木君、君たちも自分の原稿は片付けて仕事しよう! あははははは」 ――どうやら禁煙部屋の三人、誰も様子を見にこないのをいい事に、好き勝手な事をして盛り上がっていたようです。 「勘弁してくださいよぉぉぉ〜〜、ヒョホホホ」 「なーにやってんのよ! 抱え死にしてないでさっさとそのお寺の絵描いちゃってよ、次大っきい背景控えてるよ」 「分かってるがな、描くからおババコーヒー淹れてぇ」 「こっちはこっちでとりこみ中だよっ!! 自分で淹れなっっっっっ!」 「ひえ〜〜怖……」 「なあ、オタマ」 さすがにちょっと脱力したコアラ先生ですが、気をとりなおし、また話を始めます。 「――なんです?」 「いろいろ御託はいいからよー、とりあえずちゃんと1本作品仕上げてみろや……。お前まだ1本もちゃんと描いてないだろ」 「そ、それは描きますよ! だから何か? 描いてないからなにも分からないんだ…とでも言うんですか?!」 ちょっと痛いところをつかれたオタマ君、また声が裏返ってしまいます。 「でもね、描いてなくたってちゃんと大事な事は分かるんです! そんなものはみんな知ってます!」 「――そんなものは、か……」 ○やらないでも分かる ○みんな知っている ○あたりまえだ などのセリフは“言い張る”方々がよく使う言葉です。 「みんな知っている」「あたりまえだ」は、自分の主張が正しいと事を言いたくて付けているだけで、本当に「みんな」なのか「あたりまえ」なのかという検証はなされないただの修飾語みたいなセリフです。意味はないので無視して良し(笑)。 問題なのは「やらないでも分かる」……という主張。このての“言い張り”は根が深く、タチが悪い。 なぜなら、俗に「頭が良い」とされる方々が、よくやるタイプの“言い張り”だからです。 偶然ですが今日見ていたテレビ番組でも、このタイプの“言い張り”さんが元気に言い張りまくっていました。 それは、私の大好きな爆笑問題の太田光 最高学府を卒業したその知性派の女性、農業実習などしなくても、作物の育て方は本で学べばちゃんと分かる! と、“言い張り”胸を張ります。 あるものを消費するだけで育ってきた富裕層のこの「分からなさ」加減……物作り側の人間にとっては頭の痛い限りです。 なぜ本で読んだり人から聞いたりしただけの智識が、参考程度にしか役に立たないのか。 ――物作りに携わる方なら、即答できる質問ですが…… 皆様は、どうですか?(笑) 答えは単純明快。 言葉で教えられる情報の絶対量はほんの少しでしかないからです。 なんでも「やってみなくちゃ分からない」♪ 例えば作物を育てていたが、枯らしてしまったとします。 けれどその時の「病気を起こした土の臭い」「色」「病む寸前の気象」「弱った葉独特の質感」そう言った感覚はリアルに記憶され、次は何か起きる前に経験が警報を鳴らしてくれる……。 それが確かな技術を身に付けるための、リアルな「経験を積む」という行為なのです。 本を読んで身に付くものではありません。 ――大切なのはそれだけではありません。 失敗して、経験を身につけ、自分なりに攻略法を考え出し、再度チャレンジしてみたくなる。 そうやって新たな物作り側の人間も育っていくのです。 前述の女性は、農業実習など要らない、他の実習も要らない、受験勉強だけすればいい、必要なら本で教えれば良い、と“言い張り”ました……。 でも、本を読ませただけでは、本当に農業をやってみたいと思う人間は生みだされないでしょう。 私たちの身の回りの物すべては、物作りに携わる方たちが経験を積みながら、ひとつひとつ作り上げたもので成り立っています。 何一つ自分で作り出さず、お金が有るからといって、ただただ消費しかしない人間ばかりになってしまったら、社会が崩壊してしまうのは自明の理。 子供達にはぜひ様々なリアルな体験をさせ、色々な職業に携わる人間に育ってもらいたいものです。 ――その時……。 今までただだまって聞いているだけだったワニ下君が、ぽつりと、つぶやくように言いました。 「――そんなものって……なんだよ」 小さな声ではありましたが、言葉には静かな怒りが込められていました。 topへもどる↑ ワニ下君は新人賞は獲ったものの、受賞第二作…デビュー作が描けず苦しんでいるさなかでした。彼は独特な作風のSF等を描いています。まさにオリジナルティ抜群の魅力的な作品です。だからこそ受賞はできたのですが……プロとして雑誌に載る作品を描くとなると、今度はそれを一般読者の嗜好に合った作品に描き直していかなくてはいけません。 独特の個性を生かしつつ皆に受け入れられる作品……それが掴めず壁にぶち当たっていたので、担当さんの勧めでコアラプロで修業をはじめたのです。 議論好きのコアラプロで色々勉強をし、だいぶ肩の力は抜けてはきましたが、しかしそう簡単に新境地は拓けません。 描いても描いてもボツを喰らう……漫画家修業の地獄の一丁目のまっただ中でもがいている真っ最中ワニ下君だったのです ヘビメタ系のファションに身を包んではいても、いたって気の優しいワニ下君が、ほんとに珍しく本気で怒っていました。 ――それでも必死に押さえた静かな声で話しはじめます。 「……オタマ君は描いてなくたってちゃんと大事な事は分かるのか……スゲーな。みんな知ってるって? 参ったな、オレはいくら描いても分かんないよ。……じゃあ……そんなものが何なのか、ぜひ教えてくれないかな! オタマ君!」 厳しい目つきで、オタマ君を見据えます。 視線を受け止めきれず、オタマ君はうつむきました。 「だ、だからあの……みんなが感動できる、本当の名作になり得る……あの……そうだ! 手塚先生みたいな作品が…」 フッ、と思わず失笑を浮かべるコアラ先生。 苦笑いを隠しながら、少し困ったふうにワニ下君の言葉を引き継ぎます。 「――誰かの作品みたいな、マネの漫画は認めないんじゃなかったのか、オタマ?」 「あ!……だ、だからそれは」 「だから何なんだよ! いいかげんにしろよ! お前!」 ついにワニ下君がキレてしまいました。 「ワ、ワニ下さん……落ち着いてくださいよ〜、ヒョホホホホ」 ノビちゃんが必死にワニ下君をなだめます。 真っ赤になって下を向いているオタマ君にも、ノビちゃん静かに声をかけました。 「あの……オタマ君、どう考えても、君の話サ、思いつきで話してるよね? それさ、みんなに失礼なんじゃないかな? あやまった方がいいと思うよ……」 ――ノビちゃんがまともな事を言っている! 場の雰囲気か、驚きで一気に和みます。 でもオタマ君は頑なに口を閉ざしたままでした。 けれど……。 オタマ君は立ち上がり、ブタ美さんの机から、まだコマを割り終えていない原稿用紙とネーム用紙を取上げ、自分の席へ戻り黙々と作業を始めました。 精一杯の、譲歩のつもりなのでしょう。 「よっしゃこれでひとまず議論は終了! 仕事、仕事! 仕事しょーな! 頼むからエンジンかけてくれよ〜みんな」 コアラ先生が皆に気合いをかけたその時……。 「ニャオ木ちゃん、チャンネル変えてぇな〜! ひょーきん族始まる〜」 禁煙部屋から気の抜けきった猪田さんの声が響いてきました。 コケつつもコアラ先生、気力を振り絞って禁煙部屋に向って大声を張り上げます。 「仕事せんか〜〜〜!!!」 topへもどる↑ 「お疲れさま〜」 翌朝、気まずい雰囲気の中、それでもなんとか1日分の仕事を終わらせ、泊まり組以外のメンバーは皆それぞれ家へ帰ります。 ブタ美さんもしょぼつく目をこすりながら目白に借りていたアパートへと向いました。 同じ目白に住んでいる、カエル君も後に続きます。 「……ブタ美さん」 カエル君といっしょに降りてきたオタマ君が、マンションの出口で声をかけてきました。 「おやま、珍しいねオタマ君から声かけてくれる何てさ!」 「え? あ、そう言われればそうですね。すいません…なんかブタ美さんおっかない感じなんで声かけずらかったんで……」 「あ、そ、そう? でも今は怖くないでしょ?」 「ええまあ、そんなには」 (――そんなにはって、まだ結局恐いんかい!) 「ぷぷっ……」 横でカエル君がたまらず吹き出して笑っています。 まあ、確かに茶髪も珍しかったその当時に、 まっ金々の金髪だったしー、 夜昼逆転生活で、妙に顔色青白いしー、 生まれつき剃ったみたいに眉毛薄いのに仕事中はノーメイクだしー、 しゃべるとキツイしー、 恐いっちゃー恐いかもしれないけど…… うら若き乙女に失礼千万です。 オタマ君、口のきき方を知らないのは、誰に対しても同じのようです。 ブタ美さん額にムカマークを浮かべながらも、必死でお愛想笑いをしながらやさしく話しかけます。 「で、何? 話は」 「……ブタ美さんはどう思います、コアラ先生の作品について」 どうやら、大人しく仕事はしていましたが、オタマ君まだ納得はしていなかったようです。 「アタシゃ別にいいと思うよー、人気あるんだし」 「――ブタ美さんまでそんな事を! ダメだ! コアラプロはみんな毒されているっ!!」 「はあ?! 毒されてるって、あんたねー」 「ブタ美さんの作品読みましたよ! あんな作品描く人がなんで……」 「どういう意味さ」 「あんな中学生が集団で殺人しちゃう話や、妙な解釈の民話みたいな、どう考えたってプロになる気がないようなマイナー畑の作品描いてるあなたが、エンターティメント志向に毒されちゃうなんてなさけないって言ってるんです!」 「人の漫画の中身はほっとけや!………まったくねぇ、あんた……」 ――ほんとにまったく、とことん失礼なヤツです。 さすがにここは一発キレるか……と、ブタ美さんが深呼吸したその時……、カエル君が間に入り、ブタ美さんに頭を下げました。両手を合わせ拝むようなポーズをして謝ってからから、オタマ君に向き合います。 「なあ、オタマ、オレはお前がプロになりたいって言うから、コアラさんのトコ紹介したんだぜ」 「カエルさん……」 「一般ウケは考えず、好きな作品を描きたいなら同人誌やれよ、オレはそう決めたからプロの道は諦めたんだ」 「え?! だって、ボクは……」 「お前、同人バカにしてるんだよな。しょせんお遊びだって。……だから今まで言わなかったけどな、同人は同人でみんな本気で楽しみながらやってるんだぜ。職業にはしなくても、オレは一生描き続けるつもりでいるし」 「………」 「コアラさんもオレが同人で描いてる作品はちゃんと読んでくれてるよ。あの人はマイナーな作品で面白い作品があるのはちゃんと知ってるし、作家活動のあり方のひとつだと認めてもくれている。ブタ美さんだって同人誌に描いてるしね」 「……そんな話聞いてなかった……」 「ちゃんと話さないでゴメンな、オタマ。ブタ美さんもゴメン! こいつにはオレが色々吹き込んじまってさ、ちょっと頭でっかちにしちまったみたいだ。これからじっくりオレが話すから……今日のところは勘弁して下さい」 そう言い、また頭を下げたカエル君。 ブタ美さんも、それ以上話すことはありません。 にっこり笑いかけ、手を振りました。 「OK! じゃあ頼むよカエル君! じゃあねオタマ君、また仕事場でね♪ お休みー!」 オタマ君はカエル君と一緒に駅の方へ向いました。どこか喫茶店にでも行くのでしょう。 その日の夕方、仕事場にオタマ君は戻ってきませんでした。 コアラ先生のところに、止めますとの連絡があったそうです。 ――それでも、何事もなかったかのように今日も仕事は続きます。 ただ後輩がいなくなってしまったノビちゃんだけが、また1番下っ端に逆戻りで肩を落としていました。 「あーあ、せっかく色々教えてあげようと思ってたのになー」 「ノビちゃんつまらん!……なんかして〜〜〜なぁ!」 「そんなこと知りませんがな、もしかしてぇ〜!」 「え?! 今なにゆーたん、なんかまたおもろい事言い出したでぇーノビちゃん! ニャオ木ちゃん聞いた今の?」 「うん、『もしかしてぇ〜』が変なトコについてましたね♪」 「ブフフ…ノービちゃん新ギャグ狙ってる?」 「なんも狙ってませんがな、もしかしてぇ〜」 「狙ってる! 絶対こいつ狙ってる! バカ〜〜♪」 「何でもいいから仕事しろ〜〜!!」 コアラ先生の受難もまだまだ続きます。 がんばれ! コアラ先生! ≪今回の教訓≫ とにかく実践! +++ 困ったアシスタントベスト3・その2 言い張る.END +++
―― つづく ―― topへもどる↑ 「困ったアシスタントベスト3」 その3 来ないっ! です♪ お楽しみに! |