怪談・夢語り1
「しょうけら-1」


しょうけらタイトル画像

作. 茜 梨生

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 これから怪談を語ろうというのにこんなことを書くのは何なのだが、私は霊感ゼロ体質である。幽霊を見たことはおろか、金縛りにさえなったこともない。幸せな事だと思っている。
 しかし不気味な夢なら何回もみている。
 ひねた性格故か、オカルト好きのせいか……。名状しがたいそれらの夢は自分で言うのもなんだが、なかなかの“出来”なのだ。だから体験談の代わりに今回は、その「夢の話」をご披露しようと思う。
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  1. お姉さん

 幼い頃の記憶は曖昧模糊としてほとんど覚えていない。
 他の人と聞き比べても、私にはなぜか格段に残っている記憶が少ないのだ。いろいろあって写真類も失い、母の事も家族の事も、微かな記憶が夢のように残されているだけだ。

 逆に夢は鮮明に覚えている。
 特に怖い夢ほどはっきりと……。

 4〜5歳の頃よく見ていたのが「足長おじさん」の夢だ。
 「足長おじさん」は灰色でぼやっとして、妙に手足が長い。
 ゆるゆると踊るように動いていて、この夢を見たときはいつも、ものすごい胸苦しさを感じて、汗だくになって目覚めるはめになる。
しょうけら画像  左肩がいびつに下がっていて……

人ではなくなりつつあるモノ

――のような

「足長おじさん」の踊りは――

目覚めるまで圧迫感と共に

一晩中続いた……。

何度も繰り返し見る夢の中では、

幼い私にとって

一番怖い「夢」だった……。


 大人になり、「足長おじさん」の夢は見る事もなくなり、ずっと思い出す事もなかったのだが……。何年か前思いがけず、子供とアニメを観ている時「足長おじさん」そっくりの映像が出てきたのだ。
 そのアニメは「地獄先生ぬ〜べ〜」という、当時大人気だったオカルトアクションコメディーだ。
 物語に登場する、凶事の起きる家の屋根で踊る灰色の影法師。その姿、動きはまさに「足長おじさん」そのものだった。


 その影法師は「しょうけら」という妖怪。
――禍つ事を呼び寄せる“不吉”の具現。


 しょうけらの夢をよく見ていたのは、その頃住んでいた古いアパートに居た一時期だけだ。
 アパートは三軒茶屋にあった。工場裏の貧乏臭いボロアパートだ。
 トイレ、洗濯場は共同。六畳一間。もちろんお風呂なんて付いていない。敷地内にはご丁寧に産廃の山まで野ざらしになっている、場末そのもののアパートだった。

 そんなアパートに、ある日場違いな人物が引っ越してきた。
 部屋に見た事もない「まとも」な家具が、次々に運び込まれていく。
 きれいなベットに、バラの花の模様のカーテン、絨毯。おまけに黒くて大きなピアノまで。六畳の部屋にどう詰め込んだのか分からないが、とにかくアパートに異次元のような一室が出現した。
 部屋の主は、まだ大学生ぐらいのきれいなお姉さんだった。

 子供心に、なぜこんな人が、よりによってこんなアパートに来たのか、不思議でしかたなかった。

 母に「行くな」と、止められてはいたが、私は好奇心に勝てず、よく母の目を盗んでお姉さんの部屋に遊びに行っていた。
 ピアノを弾くところを見てみたかったのだが、お姉さんはなにかの病気らしく、いつもベットに横になっていた。

 「ねえお姉さん、ピアノ弾いてよ」

 と、頼んでも、にっこりと儚げに微笑むだけで、ついに最後まで私は一度もピアノの音を聞く事はできなかった。

 自分の部屋に帰る時、いつもお姉さんは約束してくれた。
 「梨生ちゃん、また遊びに来てね。次はクッキーをあげるわ」
 この、次に来た時の“ごほうび”が、足繁くお姉さんの部屋に通う理由のひとつでもあったのだが……。

 お姉さんは、だんだんやつれていった。
 私は、遊びに行くのがだんだん怖くなっていた。
 人がどんどん死に近づいていく姿を、見守らなくてはいけないのは大人でも苦痛だ。
 でも、なにか義務感のようなものに突き動かされ、私は一生懸命お姉さんの部屋へ通い続けた。

 そしてその日……。
 お姉さんは私が帰ろうとすると、その頃にはめずらしくベットから起き上がり、
 「梨生ちゃん、次遊びに来てくれたらね、梨生ちゃんが一番欲しがってたこの犬のぬいぐるみあげるわね」
 と、白いマルチーズのぬいぐるみを手に取り、にっこりと笑いかけてくれた。

――それが………
 私の記憶の中の、お姉さんの最後の姿だった。

 数日後、私が幼稚園から帰ると、アパートの狭い廊下に何人も人が集っていた。お姉さんの部屋に、みな忙し気に出入りしている。
 覗こうとすると、母に押しとどめられた。

 「お姉さんね、亡くなったの。だから行っちゃダメよ!」

 廊下の片隅では、まだ関係者が側にうろうろしているのに、もう近所のおばさん連中がたむろして、ひそひそ噂話を始めていた。

 「――まったく、いくらなんでもねぇ」
 「そうよ、こーんなお風呂もないアパートにさぁ」
 「若いきれいな娘さんなのに……」
 「二号さんが、家乗っ取ったんだってさ」
 「こんなとこに一人で置いときゃ、そりゃ死ぬわ」
 「病院行ったの見た事ないよ」

 おばさん達は、これみよがしに時々大声で話しながら、片付けをする黒服のごつい男たちをにらみつけていた。
 下町のおばちゃんは、強いのだ。

 お姉さんの部屋がすっかり片付けられ、元のボロい部屋に魔法が解けたように戻った頃、派手な服を着た三十前後の女の人が、私たちの部屋を訪ねてきた。

――と、ここまでは、なぜかとてもよく覚えているのだ。
 私は「夢」意外あまり覚えていないのに……なぜ?

 ひょっとしたら……、
 この記憶には「夢」が混じってしまっているのかも知れない。

 そういえば、一度も弾いてもらった事のないはずの
 ピアノの音の記憶がある。
 鍵盤を走る白く長い指の記憶も。

 狭い部屋に急に音が満ち、

――恐怖を覚えた記憶がある。



 母の話によると、訪ねてきた女性と私は言葉を交わしたそうなのだ。
 だが、私はその会話は全く覚えていない。

 覚えているのは、その日は朝から
 とても眠かったという事だけだ。
 とにかく、やたら眠くて、朦朧としていた。

 よく考えると、不眠症でもない健康な子供が、朝からずっと意識も朦朧とするほど眠たいなんておかしな話しだ。
 やはりたぶん、夢が混じっているのだ。

――そう、それから見たものは
 夢だったなら納得できる。
 だからこれは、すべて私の見た……

 ただの不気味な白日夢なのだ。


 覚えているのは
 女の人のシルエット。

 そして、そのシルエットの肩には……





しょうけらがいた




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