帯ひろ志のつれづれ日記11月

11月1日土曜日
10月28日に父の入院している病院に行ってきた。
本当は退院と、今後の介護プランの話をする筈だったのだが、行ってみると とても退院出来る状態ではなく、父のあまりの我が侭に医者が腹を立てて、 退院したいなら好きにしろと言う事だったらしい。
28日の時点で、もう殆ど話も出来なくなっており、食事も取れなくなっていた。
病院の近くに住む叔母(父の妹)がメインで父の面倒を見てくれているのだが、 今日の報告が、もう目も開けられなくなり、今日は返事もしなかったと言う事だった。
長くないとは言われているので、今やっている原稿を早く終えて見舞いに行こうとおもう。
11月15日土曜日
父が死んで、二七日(になのか)を迎えた。
前回日記を書き込んだ次の日、11月2日午前11時3分に死亡確認が行なわれた。
とても呆気なかった.....。

病院からもう息が危ないと連絡を受けて、すぐに病院に急いだ。
いつもは1時間近くかかる病院だが、この日は不思議と30分ぐらいで辿り着いた。
大急ぎで病室に駆け込んだ。
丁度父の妹、叔母も駆け付け同時に病室に入った。
父の頚動脈に触れてみたが........。すでに脈はなかった..... 。
しかし、異常にに体温が高かったのが印象に残っている。
夕べから高熱で苦しんだ様だ。
恐らく亡くなってから10分と経っていないだろう。オヤジ、間に合わなくてゴメン。

それからが慌ただしかった。
身体を奇麗にしてもらったあと、すぐに自宅まで搬送、旅支度をさせ今度は斎場の 霊安室まで運ばれた。
私は、原稿の途中だった為、葬儀屋さんとの打ち合わせは叔母にまかせ、自宅に戻って 徹夜で原稿をアップした。
通夜が4日だったので、なんとか体調を調えて出席をすることが出来た。
葬儀は5日、親戚だけの内々だけで行った。
火葬場に運ばれた父は、1時間程であっという間に骨になった。
28日には、ベッドの中で向きを変えるときに父を抱いて移動させたのだが、今は小さな 箱に入っている。
父は、自分の人生をどんな風に感じているのだろうか.....。色々考えさせられた。

次に待っていたのは、役所に提出する書類の山。
一度で終われば良いのだか、住んでいた場所が違うので、あっちに行ったりこっちに来り それはもう大変だった。
あと残っているのは、高額医療請求だ。
申請書が届いたら、また遠くの役所まで提出に行かなくてはならない。
お仏壇も新たに買わなければ成らなかったし、お墓も今物色中。
遺産を全く残さなかった父なので、費用も物凄く大変。

四十九日の法要までには貯金をはたいてしまいそうだ。
は〜っ、とにかく、人が死ぬと、これほど大変なのかと、思い知りました。

とにかくオヤジ、安らかに眠ってくれ。合掌。


11月24日月曜日
今日、頼んでおいた父の位牌が届いた。
お仏壇のはせがわさん、ありがとう。わざわざ届けに来て下さって。
風邪気味だった私は、お昼にガーリーックをたっぷり効かせたスパゲッティーを食べていたので、さぞかし臭ったでしょう...ご免なさい(^^;